仕事でやさぐれてる人への処方箋

春だからというわけでもないが、こんな話をば。

仕事柄、いろんな人に会う。取材先の人はもちろん、仕事を依頼する側の人や、同じ業務に携わる人、行く先々でお世話になる人など。はつらつと勢いに乗っている人もいれば、壁にぶち当たって悩んでいる人もいる。仕事に対して、すっかりやさぐれてしまっている人もいる。

職場環境が不当かつ劣悪であったりするような場合を除くと、仕事に対してやさぐれてる人は、大きく二つのタイプに分かれる。一方は、「どうせ自分は、能力のない、ダメな人間だから」と、自分自身をあきらめてしまっている人。もう一方は、「こんなはずじゃなかった。自分はもっとやればできる人間なのに」と、自分の能力を過信してしまっている人。後者に関しては、僕も二十代の頃にかなりその兆候があったので、今もそういう人に遭遇すると、ひりひりした気分になって、いたたまれない(苦笑)。

前者も後者も、そういう人とうまく付き合うのは難しい。前者の人に何の根拠もなく「そんなことない。がんばればきっとうまくいきますよ」とは言いづらいし、後者のような人に「いや、今のあなたにはそこまでの能力はないですよ」とも指摘しづらい。良い影響力を持つ上司の方などがいれば話は別かもしれないが……。

で、ほとんどの場合、前者の人も後者の人も、その時点での仕事に対する姿勢は、かなりなげやりになってしまっている。一つひとつの作業は雑になり、一人ひとりに対する接し方も雑になる。周囲からの評価はますます下がる。それに嫌気がさして、ますますなげやりになる、の無限ループ。そういう人が職場を変えてみたとしても、悪循環から抜け出せる可能性はけっして高くはない。

仕事でやさぐれてる人への処方箋は、たぶん、一つしかないのだ。

あまり先のことばかり考えず、その時点で目の前にある作業に、一つひとつ、きちんと丁寧に取り組んでいくこと。仕事関係で会う人、一人ひとりに、きちんと丁寧に接していくこと。一つひとつ、一人ひとり、小さな結果をもう一度最初から丹念に積み上げていく。たとえそれが、その時は「つまらない」と思うことだったとしても。そうした積み上げがすぐに周囲からの評価を変えるわけではないけれど、けっして無駄にはならないし、その先に進んだ道で大きな変化があった時、きっと確かな下支えになる。僕自身も、フリーランスに転身した頃、それに近い経験をしたから。

積み上げることを怠って、やさぐれているだけの人には、たぶん、いつまでたっても、出口は見えてこない。

アスパラガスのゆで方

近所の桜並木も、すっかり満開。夕方、食材の買い出しに、スーパーへ。

今日は卵や牛乳などをちょこっと買い足すだけのつもりだったのだが、地場野菜コーナーで、細くてすらっとしたアスパラガスが売られてるのを見つけて、つい買ってしまった。晩酌のビールの肴にしたら、うまいだろうなあ、と思って。

で、いざゆでようとして、はたと気づいた。俺、アスパラガス、自分でゆでたことなかった。どうやってゆでるのが正解なんだろう? ググってみると、なるほど、いろいろ情報があった。

まず、根元に近い部分は固いので、手で真ん中のあたりと根元の方を持って、曲げていくと、ぽきっと折れる。折れた根元の方は使わないらしい。で、アスパラガスは長いので、フライパンに水を張り、塩をひとさじ入れて、沸騰させる。そこにアスパラをそっと入れて、1分半くらい。ゆで上がったら、冷水にさらして色を止め、食べやすい長さに切る。あとはマヨネーズなり、生姜醤油なり、好みの味付けで。

素直に情報に従ってゆでたアスパラガスは、やわらかくて、みずみずしくて、たまらないうまさだった。また地場野菜コーナーで見つけたら、買ってこようかな。

隔日ビール

アラスカに1週間行ってたり、その後珍しく風邪をひいたりして、少しのブランクはあったものの、年明けからの室内エクササイズ(腕立て伏せ、腹筋、スクワット)はまだ続けている。回数をこなすのもだいぶ楽になったが、むやみに回数を増やしても飽きてくるような気もするので、とりあえず現状維持。体重も、標準とされる体重(身長から110を引いた数字)からマイナス1キロくらいまで落ちた。年末の時点から約4キロ減。これから気温が上がれば、夏までにたぶんあと1、2キロは落ちるだろう。

エクササイズと並行して、以前は毎日晩酌に飲んでいたビールを2日に一度のペースに減らしたのも、意外なことに年明けからずっと続いている。まあ、飲み会の時には好きなように飲んでるのだが、それでも家飲みのビールが半減というのは、結構でかい。僕はどちらかというと酒には強い方の部類の人間だと思うが、それでも肝機能を1日おきに休ませていると、身体もだいぶ楽なのだろうと思う。あと、経済的にもだいぶ助かる(笑)。

最初のうちは、ビールを飲まない日の夜は結構禁断症状が出ていたのだが(苦笑)、「じゃあ今夜はジンジャーミルクティーをたっぷりいれようかな」とか、ビール以外の何か(もちろんハイカロリーなものではなく)で代替させたりしてるうちに、だんだん慣れてきた。結局、口寂しかっただけなのかもしれない。まあ、海外を旅している時は1週間も10日も飲めないような時はざらだけど、別に普通に生きていられるわけだから。

この歳になると、周囲には結構な割合で、痛風に悩む人たちが出てきている。明日は我が身。なるべく末長く、美味しくビールが飲めるように、できる範囲で節制していこうと思う。

もしも明日人生が終わるとしたら

飲み会の席で、こんなことを訊かれた。

「もしも明日人生が終わるとしたら、最後の日、何をしたいですか?」

さて、何をしよう‥‥と考えてみると、意外なほどすんなりと、自分の場合はこれだな、という答えが出た。

その時点で手元にある、未発表の写真や文章。それを残された24時間(せめてそのくらいの時間はもらいたい)を使って、できるだけ選んで整理して、何らかの形で発表できるようにまとめる。最低限の準備しかできないだろうけど、まあそれは仕方ない。まとめた素材は、信頼できる人に「すみませんが、これをお願いします」と託す。

その後、もし時間が少し残っていたら、ビールを飲みながら何かおいしいものが食べたい。営業時間内だったら、リトスタがいいな。家から近いし。飲み食いし終えたら、家に帰って、まあこんなものかな、と思いながら、その時を待つ。

「そうして発表されたものが読者にどんな風に受け取られるか、知ることができなくてもいいんですか?」と訊かれた。反応を知る時間がないのは確かに残念だけど、褒めてもらうのが目的ではないから。伝えられれば、それでいい。

実際に、そんな風に終えられたら、いいかもな、と思う。

社会人になりきれず

今朝、FacebookやTwitterのタイムラインを見ていると、「新社会人」という言葉がたくさん目についた。そういえば今日は、そういう日だったか。

自分が新社会人デビューした頃をふりかえってみると‥‥あれ? 記憶が‥‥まったくない‥‥。

考えてみれば、あの頃の僕は、やることなすことむちゃくちゃだった。大学4年の途中で授業を全部放棄して、1年半の自主休学。とある出版社でバイトをして金を貯め、4カ月間の旅に出て、帰国してからまたバイト。大学6年目にあたる年の春から学校には戻ったが、バイトに明け暮れてろくに授業にも出ないまま、ほうほうのていで卒業。その後も正社員として就職することは一度もなく(「正社員にならないか?」と言われても断っていた)、編プロや出版社でしばらく働いては旅に出る、というのをくりかえしていた。

だから僕の場合、学生から新社会人になった時の境界線が、ものすごくあいまいなのだ。ことによると、未だに真っ当な社会人には、なりきれていないのかもしれない。

でも、まあ、それはそれで、僕にとっては、よかったのかな、とも思う。社会に用意された型に嵌まらない、いびつな存在のままでいられたから。