Category: Diary

帰国後の体調

インド北部での二カ月間の取材を終えて帰国してから、ちょうど二週間経った。

帰国直後の体重は、出発前より2キロほど落ちていた。直前に数日滞在したデリーでは結構しっかり飲み食いしていたし、ビールも毎晩飲んでいたので、デリー到着前より多少は増えていたと思う。二週間後の現在は、帰国時より1キロほど増えている。

それでもひさしぶりに会う人たちには、「痩せましたね!」と言われる。体調はすこぶるよいし、俊敏に動ける状態ではあるのだが。標高四千メートル超えの場所にずっと滞在していて高地トレーニング効果もばっちりなので、今、東京近郊の山歩きに行ったら、めちゃめちゃ楽に歩けると思う。

足腰と体幹の筋肉は落ちていないと思うのだが、それらの部位に比べると使用頻度の低かった胸周りと両腕の筋肉は、あきらかに落ちた。前は楽に40回できていた腕立て伏せが、今は30回がやっと。体脂肪も、全体的に身体からごっそりこそげ落ちている感触がある。ジーンズを履く時にウエストが緩いし、風呂に入ると、肌のあちこちに痒みも感じる。毎日、超絶寒い場所で朝から夕方まで撮影し続けていたので、寒さに耐えるためには無理もなかったのかもしれない。ホットシャワーも丸々一カ月半、浴びれなかったわけだし。

とにかく毎日、腹が減る。肉が足りない。カロリーが足りない。もうしばらくは、身体の欲するままに、しっかりあれこれ食べていこうと思う。

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ユキヒョウ姉妹『幻のユキヒョウ 双子姉妹の標高4000m冒険記』読了。動物学者である木下こづえさんと、コピーライター・CMプランナーである木下さとみさんの双子の姉妹が、ユキヒョウに魅せられて、モンゴル、ラダック、ネパール、キルギスなど、世界各地でユキヒョウの調査や保全活動に取り組んできた、約十年間の記録。ユキヒョウに対するそれぞれの思い入れが素直な筆致で綴られていて、好感が持てた。ラダックでの保全活動は、微妙な情勢下にある国境地帯であることなどから、外国人の立場で継続するのは難しかったそうだ。ラダック以外の場所にも、いるにはいるのだけれど。

小倉ヒラク『アジア発酵紀行』読了。来月、三鷹のユニテでのトークイベントで対談させていただくことになったので。小倉さんの文体は結構独特の奔放な印象で、僕には真似したくても書けない。中国雲南省、ネパール、インド北東部を訪ね歩いて、各地に現存する発酵食品の文化を紹介していく、発酵文化ノンフィクション。高野秀行さんの納豆に対するこだわりに通じるものを感じた。

そして物語は現れた

昨日の朝、デリーから東京に戻ってきた。

家では、蛇口をひねればお湯が出る。食べ物は、肉も魚も野菜もよりどりみどり。何から何まで快適で、正直ほっとする。この二カ月間は、そういう快適さとはまったくかけ離れた日々だったから。

でも、この二カ月間のかの地での日々は、忘れようにも忘れられない、夢のような毎日でもあった。訪れる前には想像もしていなかった出来事が、次々に起こった。そして気がつくと、一篇の物語が、僕の目の前に現れていた。これは、ちゃんと書かなければ、と思う。この物語を書き残せるのは、僕しかいないだろうから。

これもまた、ある種の運命なのだろうと思う。

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ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』読了。ベストセラーになったのも納得の面白さで、グイグイ読ませる。舞台となる湿地の風景と動植物の緻密な描写は、著名な動物学者でもある著者の面目躍如といった筆致で、素晴らしかった。この本のもう一つの軸であるミステリーの謎解き部分は、やや説得力が弱く、「んん?」と感じる点もあったけれど。

ラドヤード・キプリング『キム』読了。終盤の見せ場の舞台としてスピティが登場するということで読んだ一冊。19世紀当時のインドの風景や人々の生活が鮮やかに描かれていて、楽しめる。ただ、時代的に仕方ないとはいえ、当時の英国によるインド支配を完全肯定してるのはどうなんだろう、と思う。文章も独特のくせがあって、正直ちょっと読みづらかった。

背骨も心も折れそうな

来週から、取材でインドに行く。約2カ月間。最近の取材の中では、まあまあ長い。

今週はその準備と荷造りに追われていたのだが、どうにか整った。しかし何というか、正直、ちょっと気が重い面もある。

まず、荷物が、でかくて、重くて、多い。容量100リットルのダッフルバッグと、カメラ2台と150-600mmの望遠レンズその他が詰まったカメラザック、携帯品所持用のショルダーバッグ、ダッフルに入りきらなかったスノーブーツを詰めたトートバッグ。全部担いで歩くだけで、結構な筋トレレベルである。背骨も心も折れそうなくらい重い。

次に、目的地が遠い。羽田から飛行機に乗ってから、目指す場所に着くまで、6日間もかかる。道路事情によっては、さらに足止めを食う可能性もある。

その他はまあ、最初から承知の上なのだが、まともに風呂に入れないとか、洗濯もままならないとか、酒もたぶんほとんど飲めないとか……。

それでもちょっと救いなのは、行く先々で、昔からの現地の友達とか、その知り合いとか、いろんな人がサポートを申し出てくれているということ。それは本当に、ありがたいことだなあと思う。

まずは、安全第一で、無事に取材をやり遂げてくること。その中で、自分が何をなすべきかを考え、実行に移してくること。目の前のものごとをありのままに見つめ、写真に写し取ってくること。くれぐれも油断せず、注意深く、頑張ってこようと思う。

帰国は3月10日の予定です。では、いってきます。

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レアード・ハント『インディアナ、インディアナ』読了。人には見えない「いろんなもの」が見えていた男、ノア。年老いた彼は今、焼け落ちた屋敷の跡に建てられた小屋で、ガラクタにしか見えないものに囲まれて暮らしている。母との記憶、父との記憶、心が壊れた妻からの手紙。過去の記憶の断片が少しずつ重なり合い、ノアのこれまでの人生が立ち現れていく。天衣無縫のようで実は緻密に計算されている構成に驚かされるし、文章も(柴田元幸さんの訳文はもちろん、おそらく原文も間違いなく)リリカルで美しい。

今、それぞれができることを

年末年始の帰省を終え、東京に戻ってきた。

帰省中は、岡山の実家の浴槽の給湯設備がぶっ壊れていて寒い思いをした他は、特に大きなトラブルもなく、家族もみな息災だった。しかし……元旦に能登半島で起こった地震は、いまだに被害の全容すら掴めないほど酷い状況だし、翌日の羽田空港の滑走路での航空機衝突事故も、普段から空港をよく利用している身としては、まったく他人事とは思えない。いずれにしても……こんなに酷いことになった年明けは、ちょっと記憶にない。

こんな状況が続いていると、身体は安全な状態であっても、心の平穏を保つのが難しくなる人もいると思う。みなさん、どうかくれぐれも、ご安全に、お大事に。その上で、今、それぞれができることを、できる範囲で。

日本赤十字社:令和6年能登半島地震災害義援金(石川県、富山県)

(株)モンベル:「令和6年能登半島地震」災害援助金の受け付けについて

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カーソン・マッカラーズ『マッカラーズ短篇集』読了。彼女の最初の長篇『心は孤独な狩人』の系譜にも連なるような、孤独でクィア(変)な人々の物語。時に寓話の登場人物に思えるほど不可思議で内面を理解し難い人々が、報われない愛や取り返しのつかない後悔に苛まれている姿が、かえって異様にリアルに感じられる。つくづく本当に凄い作家だと思う。

これから、世界は

自宅のネットワークやプリンタの設定やら、3カ月分の連載原稿の納品やら、新規案件の打ち合わせやら、確定申告の下準備やら、あれやこれやがとりあえず片付いて、ようやく少し落ち着いた状態になった。あさってから岡山に帰省し、年明けには神戸。2023年も、あともう少しで終わる。

2024年、世界は、どうなるのだろう。ロシアとウクライナ。イスラエルとパレスチナ。世界中のあちこちで、戦禍に見舞われている罪なき人々がいる。人間にとっての尊厳とは、正義とは何なのだろう、と考え込んでしまう。アメリカの大統領選も気がかりだし、日本の政治もめちゃくちゃだし。

これから、世界は、さらにぼろぼろと壊れていくのかもしれない。そんな中で、一人ひとりの人間にできることがあるとすれば……間違っていることに対してはきちんと声を上げ、選挙があれば必ず一票を投じてくる、ということに尽きるのかなと思う。それでも、どうにもならないことばかりかもしれないけれど、ただ諦めて傍観していては、何の歯止めにもならない。

どうなるのかな、世界は。

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アーシュラ・K・ル・グィン『所有せざる人々』読了。ヒューゴー賞とネビュラ賞のダブル受賞作という評価に違わぬ、凄い長編だった……。アナレスとウラスという二つの惑星で紡がれていく、物理学者シュヴェックの物語。アナレスとウラスの環境や歴史、社会制度、文化などについて、膨大な情報量の設定が緻密に組み上げられていて、その設定の舞台上で、それぞれの惑星で起こった出来事が、章ごとに交互に語られていく。シュヴェックはなぜ、アナレスを離れてウラスに向かったのか。時の流れがくるりと円を描いて繋がるかのように、物語は最後に彼の目的を明らかにして終結する。さすが、ル・グィン……。ゾクゾクするような読書体験だった。