Category: Diary

下りない肩の荷

午前中から都心に出る。昨年秋のタイ取材で作ったページの、最後の色校チェック。今回は特に問題なかったので、あとは編集者さんにおまかせ。これでようやく肩の荷が一つ下りた。ふう。

午後の早い時間に自宅に戻ってみると、まるでそれを待ち受けてたかのように、電話やメールが矢継ぎ早に殺到。いろんな案件についてのやりとりが同時進行で繰り広げられて、気がつけば外はもう真っ暗。なんてこった。肩の荷が一つ下りたと思ってたら、まだまだたくさん載っかってた(汗)。

明日は午後から渋谷でトークイベントなのに、こんな地に足が付いてないばたばたの状態で大丈夫なのかな‥‥。まあ、ここまで来たらもう、なるようにしかならないんだろうけど。

最大の懸案

午後、田町へ。いよいよ今週末に迫った「撮り・旅!」トークイベント第2弾について、運営スタッフの方々と事前の細かい打ち合わせ。まあ、あの会場でイベントをやるのは二度目だし、たぶん何とかなるだろう‥‥たぶん。

それよりも、ここにきて最大の懸案となっているのは、打ち上げの会場の確保(苦笑)。今回は何だかんだで十数名の飲み会になりそうなのだが、僕はそんな大人数で飲んだ経験が久しくないし、渋谷界隈でそういう飲み会ができそうなお店の心当たりもまったくない。渋谷のあたりは僕にとって、とにかくアウェーなのだ‥‥。

イベントの直前にして、本当は嫌いなぐるなびや食べログを読み漁っている、情けない状態である(苦笑)。

選べたかもしれないもの

昨日は夕方から、阿佐ヶ谷にある小さなライブハウスへ。リトスタのokayanとミヤザキ店長、そして常連の方々のバンド「ナカマチテラス」の演奏を堪能させてもらった。ほとんどのお客さんはリトスタつながりで、とても和やかで、心の温まる時間だったように思う。

人間は、生まれた直後には、とてもたくさんの道の中から人生を選ぶことのできる可能性を与えられている。でも、時が過ぎ、年齢を重ねるにつれ、周囲の環境とか、人との関係とか、自分自身の意志とか、いろんな理由によって、そうした選択肢はだんだん少なくなっていく。

たとえば僕は、もうサッカー選手やボクサーには絶対になれない。絵描きにも、医者にも、それどころかたぶん普通の会社員ですら無理だ(苦笑)。昨日の夜の彼らのように、人前で歌を歌いながら演奏したりすることも、僕にはまったくできないし、それはずっと変わらないだろう。かつては選べたかもしれないけれど、今はもう選べないというものは、誰にとっても、きっとたくさんあるはずだ。

だから、今も選ぼうと思えば選べるものがある人には、それを大切にしてほしいと思う。歌を歌ったり、絵を描いたり、どんなことでも。やろうと思えばできることも、やらなければ、できないのと同じ。自分自身、あらためてそう思った。

叫び声

もうだいぶ前から、くりかえされている現象なのだけれど。

僕が住んでいるのは3階建てのマンションの1階にある部屋なのだが、毎晩、夜中の1時頃になると、うちの斜め上のどこかの部屋から、ヒャーッ!という素っ頓狂な女の叫び声と、ドン!と鈍く響く音が聞こえてくるのだ。

最初のうちは、何かの事件なのでは‥‥と訝しんだのだが、その叫び声と鈍い音の前後は、まったくもって静まり返っているので、どうやらそういうわけでもなさそうだ。ただ、少なくとも毎晩一回は、ほぼ必ず、ヒャーッ!ドン!という音が響いてくる。

あまりにも謎すぎるので、いろいろ想像してみた結果‥‥その部屋に住んでるのは一人暮らしのOLで、夜寝る前に、部屋に設置したサンドバッグを奇声とともにぶん殴って、日頃職場で溜め込んだストレスを発散してるのではないか‥‥いや、違うな絶対。

たぶん、この先もずっと解けないであろう謎。世の中、いろんな人がいるものだ。

戻ってきた音楽

オンキヨーのネットワークCDレシーバーCR-N765とスピーカーD-112EXTを自宅に導入して、三週間ほど経った。結論としては、思い切って買い替えてみて、本当によかったなと思う。

まず、CR-N765は単体でradikoが使えるので、その時の気分で好きなラジオ局をよりどりみどりに選んでノイズレスで聴けるようになったのが、うちの環境には本当に大きかった。おかげで、部屋にいる時は、ほぼずっとラジオをかけるようになった(執筆作業の時は無音にして集中するけど)。アルバムをちゃんと聴きたい気分の時はCDを、ちょっとものぐさな気分の時はApple TV経由のAirPlayでiTunesのプレイリストをかけ流しにする。いろんな方法を選べるようになったので、日々の時間の隙間にぴっちりと音楽が埋まっていった感じだ。

D-112EXTが出す音の解像感の高さは、音量をごく小さく絞った時にも際立って感じられる。夜の遅い時間に、近所迷惑にならないように本当にかすかな音で、おとなしめのジャズやボサノヴァをひっそりとかけると、心身がふわりと解きほぐれていく気がする。

何だかすっかり嬉しくなって、最近は、もう何年もご無沙汰だった、昔買ったCDを発掘してはかけてみて、「こんな音だったのか〜」と驚いたり、「うわ〜懐かしい〜」と和んだりしている。仕事以外の時間を、前よりもずっと豊かな気分で過ごせるようになったのは間違いない。

音楽が、生活の中に戻ってきた。