僕は映画を観ても、めったに泣いたりしない。でも、この「ミルカ」では、途中で三回、眼鏡を外して、滲んだ涙を拭わなければならなかった。どんな内容の映画なのか、あらすじは結構わかっていたつもりだったのに。
ミルカ・シンは、陸上の400メートル走の世界記録樹立をはじめ、数々の国際大会で栄光を勝ち取ってきた天才スプリンター。インドでは国民的英雄で、1960年のローマ・オリンピックでも金メダル獲得を期待されていた。ところがミルカは、400メートル決勝のゴール直前で背後をふりかえってしまい、メダルを逃してしまう。彼はなぜふりかえったのか。世界記録やオリンピックの金メダルよりも、彼にとってつらく困難な戦いとは何だったのか。
貧しい境遇の少年が、血の滲むような鍛錬を経て、己の力だけを頼りに栄光の階段を駆け上がっていく。そういう物語は世の中に結構たくさんあるし、「ミルカ」もある意味そういう映画なのだが、でもそれは、この作品のほんの一面でしかない。実在のアスリートであるミルカ・シンの過去‥‥1947年、インドからのパキスタン独立に伴って、彼の大切な人たちに降りかかってしまった悲劇と、彼はどう向き合うのか。それこそが、どんな国際大会のレースよりも過酷な、ミルカ自身の戦いだった。
「悪かったのは、人じゃない。時代が悪かったんだ」。僕はその頃まだ生まれていなかったから、当時の時代の空気は知る由もないが、かつてインドとパキスタンの両方を訪れた経験から、どちらの国と宗教の良さも少しは知っている。どちらが悪かったなどと簡単に言い切れる問題ではない。それでも当時、弱い立場にあった途方もない数の人々が、無惨な犠牲を強いられてしまった。憎しみだけではどうにもならないやりきれなさがあるから、なおのこと、ミルカの背負った悲しみは重かった。
今回日本で公開されたのは、インド国内版より短縮されたインターナショナル版だそうだが、監督自らが1、2分単位でのきめ細かな編集を施して、インド国内版よりも愛国色が薄められ、よりバランスの取れた仕上がりになっているとのこと。確かに場面展開にも違和感は一切なく、まったく何も気にせずに観ることができた。ソーナム・カプールの登場時間がもうちょっと長ければなおよかったけれど(笑)。
主演のファルハーン・アクタルは、自身の身体を過酷なトレーニングによって一片の贅肉もないアスリートの肉体に仕上げていて、映画に圧倒的なリアリティと説得力をもたらしていた。これだけアスリートの役作りに入れ込んだ例は、他にちょっと見当たらないのではないだろうか。鍛え抜いた肉体があればこそ、スタートラインで身を沈めた時の眼光の鋭さが、一層際立つ。
ちなみにこの映画、インド国内では、ラダックのヌブラのフンダル近くにある砂丘(公式サイトのプロダクションノートには標高4500メートルと書かれているが、おそらく3500メートルの誤り)での特訓シーンが話題となっているらしく、ロケ地は「ミルカ・ポイント」と呼ばれて、たくさんの人が訪れているそうだ。うっかりその気になって、タイヤを引いて走ったりしないといいのだが。普通に命にかかわるので(苦笑)。
なかなか言葉では語りつくせないけれど、この作品、一人でも多くの人に観てもらって、この世界で起こっている出来事と、その中でさまざまなものを背負って生きている人々に、思いを馳せてもらうきっかけになればと思う。観ることができて、よかった。