「オールド・ドッグ」

先日から、東京の岩波ホールを皮切りに始まったチベット映画特集上映「映画で見る現代チベット」。その初日、ペマ・ツェテン監督の「オールド・ドッグ」を観に行った。2011年に東京フィルメックスで話題をさらい、グランプリを獲得した作品だ。

チベットの遊牧民や牧畜民の多くは、牧羊犬を飼っている。だいたいがチベタンマスチフという種類の大型犬で、もこもことした毛並みとどっしりした体格の、迫力のある犬だ。実際、怒らせるととても怖いそうで、人間でも喉笛に噛みつかれたらひとたまりもない。僕も以前、ラダック東部をトレッキングで旅していて、途中で遊牧民のテントに近づいた時、一頭のチベタンマスチフが殺気を帯びたものすごい吠え声で威嚇してきて、めちゃめちゃ怖かったのを憶えている。

そのチベタンマスチフは、2000年代に入ってから急に中国の都市部の富裕層の間で大人気になり、目玉が飛び出るほどの高値で取引されるようになった。辺境の地でチベット人たちが飼っていた犬たちは次々と買い取られ、あるいは盗まれていった。この映画は、その頃のあるチベット人の老人と、彼の飼っていた犬、そして彼の息子と妻の物語だ。

淡々と展開されていくこの物語には、誰もが思いもよらないであろう結末が用意されている。その衝撃は、チベット人である老人が持つ信仰と死生観を重ね合わせて考えると、さらにずしりと重く、どうにもやりきれないものを感じる。でも同時に、その選択は、彼がチベット人であったからこそ選び取った、誇り高き道であったのかもしれない、とも思う。彼の世代を最後に、途絶えてしまうかもしれない道。生い茂る草むらをかきわけて歩いていく老人の背中には、決意と哀しみが満ちていた。

中国の富裕層の間で巻き起こったチベタンマスチフの大ブームは、その後、あっという間にしぼんで消え失せた。あんな大型犬が、都会暮らしになじめるはずがないのだ。

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