この「ブルックリン・フォリーズ」を買ったのは、確か一年以上も前。家の本棚の目立つ場所にずっと刺さっていたのだが、なぜか手に取らないままでいた。この間の年末年始に帰省する時、新幹線の中でようやく読みはじめたのだが‥‥もっと早く読んでおけばよかった。
ポール・オースターの小説は、徹底的に選び抜いて研ぎ澄ました言葉で、読者をぐいぐいと物語の渦に引きずり込んでいく作品が多かったように思う。だから、読む時もそれなりの集中力を使って対峙しなければならないような気がしていた。でも、この「ブルックリン・フォリーズ」は軽妙な語り口でさらりと読みやすい。主人公のネイサンがチラシの裏に日々書き殴っている「愚行の書」のように、「ひとつ話を書くとそいつがまた別の話につながって、それがまた別の話に」という感じで、ブルックリンに暮らす人々のそれぞれの物語が綴られていく。
物語に登場する人物の多くは、愚かな過ちや消えぬ哀しみを背負っている。でも、そんな弱さを抱えているからこそ、彼らは互いを支え合って生きていけるのではないかとも思う。オースター自身も暮らすブルックリンの街には、そんな傷ついた人々をゆるりと受け止めて包み込む、懐の広さがある。オースターが日本で知られるようになったのは、彼が脚本を手がけたブルックリンを舞台にした映画「スモーク」によるところが大きいと思うが、あの映画が好きな人なら「ブルックリン・フォリーズ」もきっと気に入るに違いない。
温かなまなざしで語られるこの愛すべき物語にも、慄然とするような現実の出来事が、暗い影を落とす。それもまた、忘れてはならないことだと思う。