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リモート出演

今日は午前中から、ラジオ番組の収録に参加。

普通ならスタジオに出向いての収録になるのだが、時節柄、ラジオ局でも極力在宅ワークを推奨しているそうで、今回は自宅から、Google MeetというWeb会議システムを経由してのリモート出演という形になった。ちなみに番組でも、僕の分の収録がGoogle Meetによる初収録だったという。

仕事机でMacBookを開き、Powerbeats Proをワイヤレス接続して耳に装着し、Google Meetでの収録スタート。いろいろ初めてづくしで、感覚がいまいちつかめず、話し方がおたおたしてしまった部分も結構あった。反省。うまく編集して綺麗にまとめていただけるといいのだが……。

それにしてもまあ、レアな体験だった。いつか、「あの時の収録は大変だったなあ」と、飲み会の席でのネタにできるような日が来るといいな。

旅の終わり、旅の始まり

冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』、本日校了。デザイナーさんと編集者さん、印刷会社の担当者さんが、最後の最後までこだわって、データ一式を仕上げてくれた。この後、印刷、製本、配送を経て、4月末には、書店の店頭やネット書店で発売されることになる。

長い旅だったなあ、と思う。去年の1月上旬に渡印して、約4週間、真冬のザンスカールを旅して。3月に帰国して、国内の仕事に復帰してからも、ずっと心ここにあらずという感じで、あの冬の旅についてどんな風にして言葉を刻んでいくか、そのことばかりを考えていた。原稿を書き続けていた日々も、編集作業に没頭していた日々も、僕にとってはずっと、あの冬の旅の続きだった。

その旅も、ようやく、終わった。これからは、完成した一冊々々の本が、一人ひとりの読者の元に届いて、それぞれの旅を始める。どんな風に受け取られるのか、緊張するし、怖くもあるけれど、でもやっぱり、楽しみで仕方がない。

緊急事態宣言なるものが発令され、各地の書店でも短縮営業や臨時休業が相次いでいる現状は、本の売上にもマイナスに作用するだろう。ただ、実のところ、僕はあまり悲観も心配もしていない。『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』は、これから20年、30年経ってからでもしっかり読んでもらえるような、持続性と耐久力のある内容にしている。たぶん、僕の残りの寿命よりも、ずっと長生きするだろう。だから、届くべき人の元には、いつか必ず届いて、それぞれの旅を紐解いてくれる。そう信じている。

もしも「ないがしろ」にされたなら

人間、生きていると、いろんな場面で「あ、自分、この人にないがしろにされたな」と感じることがある。

「ないがしろ(蔑ろ):あってもないもののように軽んじること。また、そのさま(デジタル大辞泉)」

相手が自分を軽んじる理由は、社会的地位や経済力の格差だったり、利用価値がないと判断されたり、差別的な思い込みだったり、確たる理由のない感情的な反応だったり、まあ、いろいろあると思う。たとえば、この間の、政府の新型肺炎対策に伴って休業を余儀なくされた人への補償政策で、フリーランスの人は勤め人の半額程度しか補償されないという案が出されたという件は、フリーランスの人が今の日本でどれだけ軽んじられているのかを、如実に表している。首相自ら「多様な働き方は推奨したけれど、フリーランスという働き方を推奨したわけではない」と国会答弁で言ってるし(フリーランス諸氏、もう自民党に投票するのやめようぜ、苦笑)。

僕みたいに、企業や組織に属することなく、ずっとフリーランスで、しかも職種が物書きや編集や写真という人間は、それはもう、年がら年中、誰かにないがしろにされている、と言っても過言ではない。駆け出しだった頃はもちろん、今でも、しょっちゅうだ。いつも、理不尽な、悔しい思いばかりさせられている。

懸命に頑張った仕事に対して、ありえないほど低い額の報酬を提示されたり。誠心誠意を込めて送った連絡や相談を、何週間、何カ月も放置されたり。その場しのぎの言い訳で、大事な約束を反故にされたり。力のある立場を利用して、明らかに見下した発言をしてきたり。逆に、うわべだけの社交辞令で、適当な言動を寄越してきたり。……あー、思い当たるふしが過去にありすぎて、今更ながら、ムカついてきた(苦笑)。

まあでも、自分より弱い立場の者をないがしろにする人間は、残念ながら、世の中に一定数存在する。そして、そういう人の考えを矯正することは、とても難しい。今までの自分の経験でも、相手の非に対するこちらからの指摘に聞く耳を持つ人は、皆無だった。そういう人は、そういう人なのだ。関わるだけ、時間と手間の無駄だ。

では、もし自分が「ないがしろ」にされたとしたら、どうするか。僕はとりあえず、二つのことを心がけている。

一つは、その相手と関わらないところで、自分の実力で、きっちりと結果を出して、見返すこと。まあ、自分のベストを尽くして最善の結果を目指すことは常に心がけているので、「いつも通りか、いつも以上に頑張る」というだけなのだが。たま〜に、そういう形で、きっちり結果を出して見返すことに成功すると、少なくとも自分の中では、とてもすっきりする(笑)。当の相手は、たぶん何とも思っていないだろうけど。

もう一つは、自分が「ないがしろ」にされたと感じたようなことは、他の人に対して、絶対にしない、ということ。たとえば、細かいことだけれど、相手にとって大事な内容のメールを塩漬けにしたりせず、なるべく早く返信するように心がけているのは、過去に自分が嫌な思いをさせられたから。相手の仕事や経歴はできるだけ尊重したいし、うわべだけの適当な言動であしらったり、まして見下したりは絶対にしない。特にお金の話をする時は、裏表や下心なく、誠心誠意対応する。それでももし、結果的に誰かをないがしろにしてしまった時には、すぐさま全力で詫びる。

そういうことを心がけながら生きていると、身の回りには、しぜんと、良い人間関係だけが残っていくように思う。

校正という仕事

昨日は午前中から出版社で打ち合わせ。今作っている本の初校に、外部の校正者の方がチェックを入れてくれたゲラを受け取った。

校正者の方が赤ボールペンで指摘してくれた明らかな誤字脱字や文法上の間違いは、ほんの数える程度だった。ただ、それ以外に鉛筆書きで書き込んでくれていた「明らかな間違いではないけれど、ここはこうする選択肢もあるかも」「ここはあえてこうしているんでしょうが、一応念のため」といった内容の指摘の数々が結構多かった。

書き手にとって、鉛筆書きでのそうした提案や指摘、確認をしてもらえることは、ものすごく助かる。書き手一人のものの見方や考え方に囚われず、客観的にその文章の正確さを判断することができるからだ。編集者もそういう役割の一端を担うことはあるが、彼らは主に内容の方向性や良し悪しを判断する立場なので、文章そのものを微に入り細に入りチェックし、日本語としてのクオリティを上げるという作業では、プロの校正者にはかなわない。

自分の書いた文章が、こんな風にしてさまざまな人の手を経て、一冊の本として仕上がっていくのは、本当に、著者冥利に尽きる。

十年分の素材

午後、玉川学園前で取材。ひさしぶりに、今季初の大学案件。

コロナウイルス禍に世界が翻弄されている昨今、同業者でも特に旅を主戦場にするライターやカメラマンの方々は、取材などの仕事が吹っ飛んだりして、大変そうだ。僕も少なからず影響は受けているが、それでも今日みたいに普通に国内での仕事の依頼をもらえる境遇にあるのは、まだ恵まれている方だろうなと思う。まあ、国内は国内でどこの企業もいろいろ大変なので、例年よりは仕事の本数も目減りするとは思うが。

そんな状況なのだが、実は思いの外、次の目標はすんなりと定まりつつある。

来月刊行される予定の本の原稿を書き上げた時、うまく言えないが、自分の中で何かがすとんと腑に落ちたような、とてもすっきりした気分になった。それと同時に、2009年に書いた最初の本「ラダックの風息」と、今回の本との間に流れた十年間の歳月の中で、自分があの土地でやってきたことをすっかり振り返って、整理し直し、今までやってこなかった別の形でまとめることができそうな感覚が、掴めてきたのだ。それもこれも、今回の本を書く過程で、自分の中で腑に落ちたものがあったからこそだと思うが。

いったん思いつくと、構成のアイデアは、次から次へと出てくる。各年の取材ノートも残っている。写真ももちろん残っている。十年分の素材が手元にある。家にいながらにして取り組めることが、文字通り、山のようにある。

まずは来月出す本をきっちり仕上げて、その後は、それらのアイデアに取り組もうと思う。がんばろ。