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「サーホー」

3月の公開時には、忙しかったのと世の中が不穏だったのとで、観に行きそびれていたインド映画「サーホー」を、営業再開した新ピカでようやく観た。主演は「バーフバリ」のプラバース、ヒロインはシュラッダー・カプールという、クライム・サスペンス・アクション。普通に考えたら、ヒットしないわけがないだろう、という作品なのだが……。

……正直言って、あんまりパッとしなかった(苦笑)。インド国内でも、初動はよかったものの急激に失速したと聞いていたのだが、まあ無理もないなあ、と思った。

原因はいくつかある。物語全体の流れと各場面の演出が、わかりにくい上にちぐはぐだったこと。どんでん返しも伏線回収も、それらを脚本にちりばめること自体が目的化していて、必然性が感じられないから、感情もさほど揺さぶられない。主人公は何でもすべて計算通りでお見通しという超人的な存在なのだが、その割には各場面で結構成り行きまかせの結果オーライで物事を進めていて、それもちぐはぐだなあと感じた。

あとは、「バーフバリ」のプラバースだ、という点を強調しすぎていたのでは、とも思う。最初から最後までプラバースのキメポーズとキメゼリフで埋め尽くされたプロモビデオのような造りだった。もし、プラバース以外の俳優が主演だったら、物語も演出ももっと自然に整理されて、ましな仕上がりになっていかたもしれない。

というわけで、プラバースの次回作での改善に期待。

「ヴィクラムとヴェーダー」

不穏な雰囲気の世の中ではあるが、マスクと消毒液持参で、混む列車と繁華街を避けまくり、アップリンク渋谷へ。インド大映画祭の「ヴィクラムとヴェーダー」を観に行った。これはどうしても、日本語字幕付きのスクリーンで、見届けておきたかったのだ。平日の初回だったこともあって、場内は空いていて、ちょっとほっとした。

殉職した警官の父を持つヴィクラムは、自身も警官として、相手が悪党であれば射殺も厭わない非情さで、ギャング組織の黒幕であるヴェーダーを追っていた。ギャング同士の抗争に見せかけて、次々とヴェーダーの手下を始末していく、ヴィクラム率いる警察の偽装襲撃チーム。そんな中、突如、ヴェーダー本人が警察署に出頭してくる。他の誰に対しても固く口を閉ざしていたヴェーダーだったが、ヴィクラムが取調室に現れると、饒舌に自身の過去を語りはじめる……。

いや、これ、すごい。すごい作品だ。他の人のレビューに「あまりにも人が死に過ぎる」という意見があって、まあ確かにそうなのだが、ギャング同士の抗争とか、酷過ぎる警察とか、そもそも死人が出やすい物語設定だし、そのあたりがマイルドだと、この作品の「善と悪の境界線」というテーマが、重みを失ってしまうように思う。善とは何か、悪とは何か、誰が、何を基準にそれを決めるのか。ヴェーダーの問いかけに、ヴィクラムの信じていたものが、不確かに揺らいでいく。

R・マーダヴァンとヴィジャイ・セードゥパティの二人は、どちらも渋くて凄味があって、ずしりと重い(そしてほんの時々カルい)演技が、とてもよかった。なかなか先を見通せないストーリー、伏線の巧みさ、まさか!の展開、そこで終わるのかよ!のラスト。ほんと、いろいろ衝撃だった。観ておいてよかった……。

星球大戰

午後、荻窪で打ち合わせ。来月出す新刊の著者校正を終えたゲラを担当編集さんに引き渡す。この後、再校を外部校正者の方に見てもらって、細かい修正が終わったら、月末には印刷所に入稿だ。いよいよだなあ、という気分になってくる。

打ち合わせの後、喫茶店でしばらく本を読み、夕方から新宿で「スター・ウォーズ」のエピソード9を観賞。今日が公開最終日だったそうで、ぎりぎり映画館で観ることができた。ド正道な筋立てでまとめてきたなあ、という印象。エピソード8でだいぶふらついてた印象があったけど、どうにかうまく締め括ったようで、何より。

「スター・ウォーズ」は、エピソード4、5、6を子供の頃に家のテレビで、エピソード1、2、3と7、8、9は映画館で観た。一番印象に残ってるのは、やっぱり第一作のエピソード4。単純明快でこれぞスター・ウォーズという作品。あとは、哀しい人間の業の詰まった、エピソード3。ある意味、一番ジョージ・ルーカスらしい作品だと思う。

エピソード7、8、9を、もし、ルーカスが引き続き自ら手がけていたとしたら、どうなっていただろう。たぶん、僕らが「スター・ウォーズはこうあってほしい」という想像を良くも悪くも裏切りまくる、突拍子もないアイデアやイメージがぶっ込まれてたんじゃないかな、と思う。今となっては、詮無い妄想だけど。

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島田潤一郎「古くてあたらしい仕事」読了。夏葉社という出版社を一人で立ち上げて10年続けてこられた島田さんが、2年以上の時間をかけて書いた本。職種が違ったとしても、島田さんのような思いを抱きながらコツコツと仕事に取り組んでいる人には勇気を与えてくれる本だし、いろんな事情で忸怩たる思いを抱えながら働いている人にも、そっと寄り添うような優しさの籠められた本だと思う。僕もがんばらねばな、と思った。

「プレーム兄貴、王になる」

この「プレーム兄貴、王になる」、実は今まで全編通して観たことがなかった。IFFJ2016での上映時にはタイ取材で観る機会がなく、エアインディアの機内上映では割といつも用意されていたのだが、それで逆に「機内で今見逃すともうチャンスないかも」という他の作品をつい優先してしまっていた。今週から近所のアップリンク吉祥寺で上映が始まったので、ようやく観ることができた次第。

しがない下町劇団の役者プレームは、災害現場で支援活動をしていた時に見かけたマイティリー王女に憧れて、王女のNGOへの寄付金をせっせと集めている。その王女が、婚約者のヴィジャイ王子の即位式に参列すると聞きつけたプレームは、役者仲間のカンハイヤとともに寄付金を持ってバスでプリータムプル王国へ。ひょんなことから王国の城に招かれたプレームは、密かに地下室で治療を受けていた、暗殺されそうになって重傷を負ったヴィジャイ王子を見て、驚く。王子の顔は、まるでプレームの生き写しのようにそっくりだったのだ……。

これ以上ないくらい王道のインド映画だ。華やかな王族たちの間に突如現れた、完全無欠の善人の主人公。彼の無償の愛が、人々のわだかまりを解きほぐし、めでたしめでたしの大団円へと導いていく。きらびやかなロケ地やセット、ふんだんに披露されるダンスシーンなど、往年のインド映画が備えていた、いい意味での「お約束」が随所に散りばめられていて、すっかり安心して観ていられる。逆に言うと、物語として予想を覆すような展開はほとんどないのだが(そこをあっさり端折りますか的なツッコミを入れたい箇所はあるが)、この作品はあえてそういうおとぎ話のような造りにしているのだと思う。

これは「お約束」を楽しむための映画なのだ。インドの人々が現実をつかの間忘れ、夢の世界に浸るための。僕も約3時間、とっぷり浸らせてもらった。

「巡礼の約束」

岩波ホールで公開が始まったチベット映画「巡礼の約束」を観に行った。チベット人のソンタルジャ監督の前作「草原の河」は日本で初めて商業公開されたチベット映画で、静謐な気配に満ち満ちた印象的な作品だったので、今作も楽しみにしていた。

ギャロン地方の山間に暮らしていた、ロルジェとウォマの夫婦。ある日突然、ウォマは「五体投地礼でラサまで巡礼に行く」と言いはじめる。理由を訝り、諫めるロルジェだが、ウォマは聞く耳を持たず、ラサへと出発してしまう。やがてロルジェと、ウォマと離れて暮らしていた前夫との息子ノルウが巡礼に合流する。つかの間訪れる、三人の穏やかな時間。しかし、ウォマは、ロルジェに対して大きな秘密を抱えていた……。

この映画の原題「阿拉姜色(アラ・チャンソ)」は、チベットの民謡の名前で、劇中にも印象的な形で登場する。それもとても良い題だが、邦題の「巡礼の約束」も、この映画のテーマにぴたりとフィットしていて、良いアイデアだなあと思った。夫から妻へ、母から息子へ、受け継がれていく、巡礼の約束。個人的には、特にロルジェが損な役回りすぎて不憫で仕方なかったが、行き場のない愛情とやりきれない思いを抱えて巡礼のバトンを受け取る彼の祈りの姿には、胸を打たれた。

良い映画です。チベット好きの方は、ぜひに。