Tag: Goods

仮の寝床

引っ越し先の部屋のスペースの都合で、ベッドを買い替えることにした。同じ無印良品の脚付きマットレスの、一番小さなサイズに。

無印良品では、ベッドを買い替えると配送時に古いベッドを引き取ってくれるという、ありがたいサービスがある。僕もそれを利用することにしたのだが、同じ部屋への配送でないと適用されない。なので、引っ越しの前に、今住んでいる三鷹の部屋に届けてもらうことにした。

新しいベッドの梱包を解いてしまうと、引っ越す時にまた自分で梱包し直さなければならないので、手配の時に「梱包は解かなくていいです」と頼んでおいた。で、今、寝室には、ダンボールに包まれたまま脚もついていないマットレスが転がっている。僕はその上に適当に毛布をかけ、枕を置き、掛布団をかけて、仮の寝床とすることにした。

仮の寝床、寝心地は多少硬いが(笑)、寝られないほどではない。海外の安宿によくある、妙に硬いベッドみたいな感じ。あるいは長距離列車の二等寝台か、寝台バスみたいな。ある意味、慣れてるというか、予想の範囲内(笑)。

あと十日ほど、仮の寝床での暮らしは続く。

帽子のある生活

ここ1、2年くらいだろうか。外出する時に、たいてい帽子をかぶって出かけるようになった。冬はニットキャップ、夏は丸いツバ付きのハット。最近は大ぶりのキャスケットもよくかぶっている。

理由は髪が薄くなったからとかではなく(仮にそうなったとしても気にしないし)、単純に「何か頭にのっかってると安心する」ようになったから。もともと冬の寒さをしのぐためにニットキャップを常用するようになって、夏はハットがあると涼しいのでこれも常用するようになり、今は、外では何かかぶってるのが当たり前みたいな感覚になっている。何もないと、少々、そわそわする(笑)。

メガネと同じようなものかな。メガネをかけはじめた小学生の頃は人と違うのが嫌であまりかけたがらなかったけど、高校から大学にかけては、むしろメガネがないと視力以外の面でも不安でたまらなくなった。素顔の前にメガネがあると何となく安心できるというか。だから僕は、生まれてこのかた一度もコンタクトレンズを使ったことがない。

今度手に入れるとしたら、どんな帽子かな。とりあえず、アラスカやラダックの寒風に耐えられるガチの防寒キャップは入手せねば。

2017年に買ってよかったもの

2017年に買ったものの中で、一番「買ってよかったなあ」と思ったのは、ダントツで、体重計(笑)。タニタのHD-661-WHという、ただ体重を計る機能だけの、超シンプルな製品。

思い起こせば、去年の年末年始、安曇野の温泉の脱衣場で何の気なしに体重計に乗ってみたら、自分史上過去最大の68キロ台を記録していたのだった。忙しさにかまけての不摂生と慢性的な運動不足が祟ったのだろう。で、帰京してすぐにアマゾンで体重計を注文し、それまで毎晩1缶飲んでいたビールを2日に1缶に減らし、腕立て伏せと腹筋とスクワットを毎晩やりはじめた。体重計には毎朝起き抜けに乗り、前日からの増減を確認することにした。

毎朝体重をチェックしていると、しぜんと無茶な不摂生は控えるようになる。たまに飲み会でしこたま飲んでも、翌日と翌々日はちょっと節制してリカバリーに充てたり。食事制限のように変に何かをストイックに我慢することはまったくしていないのだが、自分の身体の状態が数値で目に見えるというだけで、人間の意識は結構変わるものだ。

その後、体重自体は1カ月ほどですとんと3キロ落ちたが、毎晩身体を動かしながら痛感したのは、二十代の頃に比べて明らかに筋力が低下していたことだった。体重は昔と大差なくても、筋肉と脂肪の割合が変わってしまっている。だから体重がある程度目標値まで落ちてからも、毎晩のエクササイズは継続し、少しずつ負荷を上げていった。これも、続けることがストレスになるような無理なやり方にならないように気をつけた。

今では、毎朝体重計に乗って、毎晩身体をちょこっと動かすことが、日々のちょっとしたお楽しみのような感じになっている。身体と手足が自分の思いのままに軽々と動かせるのは、やっぱり気持いい。重い撮影機材を背負って取材現場を駆けずり回る時も、ある程度は無理が効く。この習慣、来年以降もちまちまと続けていこうと思う。

鉛筆をナイフで削る

僕の仕事机の上のペン立て(古い陶製のシェービング・カップに文具を詰め込んでいる)には、鉛筆が一本、刺さっている。いつ、どこで手に入れたのか忘れてしまったが、アンケートか何かを記入する時に手渡されて、「差し上げますよ」と言われて、そのまま持ち帰った鉛筆だと思う。

普段、仕事で使う筆記具はシャープペンかボールペンなのだが、ブロックメモにささっとメモを書く時(買い物リストや、家から取材先までの乗り継ぎ時刻など)には、その鉛筆をよく使っている。いつのまにか、少しずつ愛着も湧いてきている。

鉛筆なので、使っていると当然、芯がちびて丸くなってくる。鉛筆削り器は今うちにはないので、芯がちびてきたら、カッターナイフで削る。小学生の頃、鉛筆をナイフでうまく削れるようになりたくて、一時期ちょっとハマっていたことを思い出す。ひさしぶりでも指先は意外と覚えているのか、今でも意外ときれいに削れる。芯がぽきっと欠けないように、最後にちょっと用心深く仕上げたりして。

最近の小学生は、ナイフで鉛筆を削ったりしているのかな。してないのかな。楽しいよ、やってみると。自分で削った鉛筆を使うと、ほんのちょっと、勉強するのが楽しくなると思う。

ライターと筆記具

この間、ある人に、「ヤマモトさん、取材の時、鉛筆でノートを取ってるんですね」と言われた。

僕の使っているのは鉛筆ではなくシャープペンシル(プラチナ万年筆の「プレスマン」)なのだが、その人の言葉に、僕はある種の嘲りのような響きを感じた。「それがどうかしましたか?」と聞くと、「新聞記者やジャーナリストはペンを使いますし、欧米ではみんなペンしか使いませんよ」と言う。シャープペンシルでノートを取っている僕は、その人たちと比べて稚拙だとでも言わんばかりに。

理系の研究所などでは実験ノートは記録保全のために必ずペン書きだろうし、新聞記者の方々にも似たような理由でそういう流儀の人もいるのだろう。しかし、僕は個人事業主のフリーライターである。僕の書いた取材ノートを読み返すのは、僕しかいない。ペンで書かれてようと、鉛筆だろうと、あぶり出しだろうと、僕にさえ読めれば、筆記具は何でもいい。ライターの力量を証明するのは、筆記具ではなく、書き上げた文章がすべてだ。

とりあえずそのわかったふうな人には、「ペンでノートを取ればもっといい原稿が書けるというなら、すぐにでもそうしますよ」とだけ返しておいた。