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あたらしい朝

高校生の頃、数学があまり好きでなかった僕は、文理選択で文系を選び、高二、高三を文系クラスで過ごした。クラスメイトの6割は女子で、男子は20人くらいしかいなかったが、その分、男子同士の仲は良く、団結力も強かった。

あの頃を思い返すと、眩しさと気恥ずかしさで、思わず目を閉じたくなる。体育祭で優勝して、下校後にこっそり集まって街にくりだし、ノンアルドリンクの打ち上げで大騒ぎして、夜の堤防沿いの道をはしゃぎながら帰ったこととか。卒業アルバムの写真のためにあっちこっちロケハンして、学校近くの神社の階段で縦に並んで座って、カッコつけた写真を撮ったこととか。模試の帰りにマクドナルドに集まって、わいわい騒ぎながら自己採点したこととか。

自分の学生時代は、うまくいかなかったことの方が圧倒的に多かったけれど、高二、高三のあの二年間は、僕にとっての青春と呼べる時期だったのだと思う。

当時の同級生とは、その後、すっかり疎遠になって、ほとんどの人と、ずっと会っていない。故郷の岡山から、東京にある大学に進学し、在学中も卒業後も挫折まみれの鬱屈した二十代を過ごした僕は、いつしか、自分を知っている人間と関わるのを避けるようになっていた。経験も実力も何もなく、自分が本当は何をしたいのかもわからないまま、東京で一人、もがき続けるうちに、30年もの月日が流れてしまっていた。何人かの同級生の消息をSNSを通じて知るようになったのは、ほんの数年前からだ。

同級生の一人が他界していたことを、数日前に知った。亡くなったのは去年の秋だったが、事情があって、最近まで、ごく近しい人にしか知らされていなかったのだという。人付き合いが下手な陰キャだった僕と違って、彼は絵に描いたような陽キャで、いつも輪の中心にいて、男子からも女子からも好かれる、眩しい存在だった。社会に出てから彼が選んだ道について噂を聞いた時にはびっくりしたけれど、彼らしいなあ、と感心したのを覚えている。

その彼が、早々と向こう岸に渡ってしまった。もっと前に、会っておけばよかったのかもしれない、という後悔は、こちら側に残っている自分の身勝手な感傷なのだろう。いつだって僕は、逡巡と後悔を、際限なくくりかえしてばかりいる。

一人、また一人と、誰かが向こう岸に渡るたびに、あの頃の記憶が、ピースの欠けたジグソーパズルのようになっていく。こちら側にいる僕たちも、人生の折り返し点は、とっくに過ぎている。あと何十年か経てば、あの高二、高三の頃のことを覚えている人間は、誰もいなくなる。

それでも今、自分にできることがまだあるとしたら、先に向こう岸に渡った彼らのことをずっと忘れないように胸の裡にピンで留めて、残された時間の中で、笑ったり泣いたり落ち込んだりしながら、自分がなすべきことを精一杯やって、不器用に生きていくしかないのだろうと思う。

どんな人間に対しても、時間は平等に過ぎていく。地球は24時間で1回転して、毎日、あたらしい朝を連れてくる。あたらしい朝が来るたび、僕たちは、夜明けの光を目にすることのできる意味をかみしめながら、それぞれの人生を続けていくのだ。いつか、向こう岸に渡る日が来るまで。

昔の写真

昨日の夜、1枚の写真が、メールで送られてきた。

送り主は、昔のバイト仲間。二十代後半の頃、神楽坂に今もある出版社でバイトをしていた時期があるのだが、その時の知り合いが、僕の『冬の旅』を読んでくれて、感想と一緒に当時の写真を送ってくれたのだった。

バイト仲間と一緒に写っている僕は、27歳くらいだろうか。今よりさらに数キロ痩せていて、世間知らずでクソ生意気そうな顔をしている(苦笑)。実際この頃は、いろいろ鬱屈してて、性格もねじくれていた。今の自分の仕事につながるような技術も経験もアイデアも何もなくて、「自分は必ず何か成し遂げられるはずだ」という自信と、実はその自信には何の根拠もないとうっすら気付いている不安しかない頃だった。

あれから20年以上の歳月が過ぎ去って、今の僕は……どうなんだろう。これからの僕は……どうなるんだろう。

嘘は身を滅ぼす

嘘は、つくのも、つかれるのも、嫌いだ。嘘をつくことで物事がうまく運ぶなんてことは、まずない。せいぜいその場しのぎにしかならなくて、後になって嘘がばれたら、倍返しで酷いことになる。

去年、仕事で信頼していた人たちに、嘘をつかれた。彼らは僕の知らないところで、僕が何年も前からこつこつ積み重ねてきた仕事に直接ぶつかるようなことを仕組んでいた。第三者からその話を聞いて抗議すると、「その話は白紙に戻す」「人間関係を壊してまですることではない」とその人たちは言った。しかし、彼らはそれを白紙に戻したりせず、裏でこっそり準備を続けていた。僕を利用するだけ利用して、僕が彼らとの仕事を中止するなどして抗議することができないタイミングになって、すべてをひっくり返した。

思い返しても、つくづく、酷い話だ。

僕は彼らとの関係を断ち、別の会社とその仕事を継続することにした。それまでの仕事を通じて出会った大勢の顧客の方々とのつながりは、今も健在だ。同業者の友人たちとの関係も良好だと思う。

一方、僕に嘘をついていた人たちは、経費を差し引くとおそらくごく僅かであろう利益と引き換えに、僕の存在を介してつながっていた顧客の方々や、同じく僕を介してつながっていた関係者からの信頼を、ごっそり失った。どうして彼らは、あんなやり方をしたんだろう、と思う。その場しのぎの嘘をつき続け、ナアナアのなしくずしで乗り切ることなんて、できるわけがないのに。

だから僕は、嘘を、つくのも、つかれるのも、嫌いなのだ。

切れる縁、切れない縁

子供の頃は、友達と何かでもめてケンカしたりしても、割とすんなり仲直りできていたように思う。

ケンカした後もこじれたままになるようになったのは、高校生くらいからだろうか。それなりに頭がよくなって、自分の行動に理屈をつけられるようになったからか。相性のよくない人とはある程度距離を置く、という小賢しい方法も使うようになった。

大人になってから知り合った人とも、何かのきっかけで、うまくいかなくなることが時々ある。ふりかえってみると、僕の場合はほとんど、仕事で繋がりのあった人とのトラブルだった。

自分が大切にしている仕事に関して、不義理なこと、筋の通らないことをされたなら、たとえ相手が企業だろうが何だろうが、黙って受け入れるわけにはいかない。相手が自身に非があると認めないのであれば、それまでと同じように仕事のやりとりを続けていくことはできない。謝ろうとしない相手を許すことなど、できるわけがない。

子供の頃のように、感情的な好き嫌いとか、お互いのどこが悪かったとか、単純にわかりあえるなら、謝ることも、許すことも、簡単なのだろうなと思う。とかく大人は、自分で理屈をつけて言い訳してしまうから、めんどくさい。そういう人を相手に、個人事業主としてまっとうに筋を通して生きていこうとするだけでも、むつかしい。

その一方で、これはもう切れてしまうかなと思っていた縁が、切れずに繋がり続けたという経験も、少ないながらある。それはたぶん、お互いがお互いにとって大切な存在だったから、それぞれが少しずつ歩み寄って、繫ぎ止めることができたのだろうと思う。逆に言えば、何かがあっても歩み寄ろうと思えない間柄は、遅かれ早かれ、離れていくということなのだろう。

切れる縁は切れるし、切れない縁は切れない。そういうものなのかなと思う。

留守番二日目

東京の自宅での留守番、二日目。

昨日の夜は、ジントニックを3、4杯すすりながらネットを見てるうちに、結構夜更かししてしまった。それでも朝の10時には蒸し暑くて目が覚めてしまったけれど。今日も朝昼兼用にそうめんを作って食べ、アイスコーヒーで脳をしゃっきりさせてから、原稿に取り組む。長さ的には短いが、重要な序章。じりじり、じりじり、少しずつ、言葉の形を削り出していく。

夕方までにきりのいいところまで進めることができた。身支度をして、電車に乗って銀座へ。今は米国で暮らしている友人一家が、ヴィザの再取得のため一時帰国していて、彼らを囲んでの宴に呼んでいただいたのだ。ひさしぶりに会った彼らは、いい意味でまったく変わっていなくて、過ぎ去ったはずの時間さえまるで嘘だったかのように感じた。二人のお子さんもすくすく育っているようで、本当によかった。

そろそろ台風の影響が出始めるのかな。明日も原稿、がんばらねば。