Category: Diary

背高グラスに氷水

暑い。風呂上りに飲むビールが、ひときわうまく感じられる季節になってきた。

とはいえ、僕もすっかりええ歳こいたおっさんなので、ビールは2日に1回、350ml缶を1本、というマイルールを課している。酒を飲むのを1日おきにすると、身体が楽に感じるし、体重の管理もしやすい。ビールを買う出費も抑えられる。

が、ビールを飲まない日でも、風呂上りには喉が渇く。水分補給に何か飲まずにはいられない。でも、ジュースとかを口にして、夜中に余計なカロリーを摂取してしまうのは避けたい。で、最近飲んでいるのは、水。ごく当たり前の水道水。水は水だが、飲み方をちょっとだけ工夫している。

普段、家でビールやジントニックを飲む時に使っている、背の高いタンブラーがある。それに、製氷皿で作っておいた氷をぎっしり詰め、水道から水を注ぐ。こうすると、あら不思議、何かとても清涼感と高級感のある飲み物に見える。水だけど。原材料費ゼロの、ほんとにただの水だけど。

こんな阿呆なことをやりながら、日々それなりに楽しく暮らしております。

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マーク・アダムス「アラスカ探検記 最後のフロンティアを歩く」読了。19世紀末のジョン・ミューアやハリマン・アラスカ遠征隊がアラスカを旅した際のルートを辿りつつ、著者がアラスカの沿海部を旅した記録。著者自身はアウトドア的なスキルや経験をほぼ持っておらず、この本で描かれているのも割とオーソドックスな旅行で、「探検」という言葉に期待しながら読むと、かなり拍子抜けする。実際、邦題の「探検記」という語句は原題には見当たらない。これは明らかに日本の出版社のミスリードではないだろうか。本自体は、いくつもの異なる旅の物語を巧みに構成して書かれていて、興味深い発見もいくつかあったが、ややテクニックに走りすぎているのと、著者自身のアラスカに対する思い入れが今一つ伝わってこなかったのが残念。訳文も、日本語の文章として十分にこなれていないぎこちなさを感じたし、誤植も多かった……。

スヰートポーヅ

二十代の終わり頃、ほんの二、三年だったが、九段下にあった雑誌の編集部に、契約社員として勤めていた。当時から僕はぼっちが好きだったので(苦笑)、社内の人と一緒におひるを食べに行くことはめったになく、たいてい一人で、神保町の方にぶらぶら歩いていって、どこかの店に入っていた。

すずらん通りの餃子専門店、スヰートポーヅには、通りがかった時に「あ、ここはおいしそう」と直感で入ったのが最初で、あのあたりでは誰もが知ってる老舗の人気店なのだという予備知識は、まったくなかった。完全に皮を閉じていない独特の小ぶりな餃子。赤だしの味噌汁と一緒にたいらげれば、その日の午後は、満ち足りた気分になれた。雑誌の編集部を離れてからも、昼頃に神保町界隈に来る用事がある時は、たいていスヰートポーヅでおひるを食べるようにしていた。

そのスヰートポーヅが、閉店することになったという。コロナ禍の影響か、それ以外に理由があるのかは、わからない。あの店は、あの佇まいで、ずっと変わらずにあそこにあるのだと、どこかで思い込んでいた。でも、変わらないものなど、どこにもないのだろうな。新型コロナウイルスは、日本中の至るところで、それを無慈悲に炙り出している。

嗚呼、残念だ。せめてもう一度、餃子中皿定食、食べたかった。

サヨナラ、テレビ

家にあるテレビを、手放すことにした。

これまで持っていたのは、かれこれ10年以上前、ラダックでの長期滞在から戻ってきた頃に買った、シャープ製の26型液晶テレビ。でも、買った当時から、そんなには使っていなかった。特に東日本大震災の直後からは、すっかりラジオ中心の生活になってしまって、テレビは電源を入れる機会もめったになかった。2年前に西荻窪に引っ越してきてからも、使ったのはほんの数回で、すっかり家の中でモノリスと化していた。映画を観るのも、映画館に行くか、ダウンロードレンタルして16インチMacBook Proで観れば十分(というかMBPの画面めちゃ綺麗)とわかったし、テレビはその用途でも出番がないのだ。

で、家電リサイクルに出す前にFacebookで引き取り手を募ったところ、知人の一人が手を挙げてくれて、ついさっき、小さなお子さんと一緒に、車で引き取りに来てくれた。うちではついぞ出番がなかったが、新しい環境で活用してもらえると良いなあ、と思う。

これからは、ニュースもワイドショーもドラマもバラエティも、何にも観ない生活が始まる。まあ、これまでもほとんど観てなかったし、是が非でも観たい番組が現れるとも思えないし。ラジオとWebがあれば、僕たちには十分だ。何でもかんでも、享受できればいいってもんじゃないと思うし。

というわけで、サヨナラ、テレビ。

家でアイスラテ

日に日に、じりじりと、蒸し暑くなってきている。

家で仕事をする時、朝はペーパードリップでコーヒーをいれ、昼をすぎてだれてきそうな頃にマキネッタでエスプレッソをいれる。ただ、夏になると、朝からホットコーヒーはちとしんどい。なので、朝飲む分は前日の夜にペーパードリップでいれておいて、サーバーごと冷水で粗熱を取り、冷蔵庫で冷やしてアイスコーヒーにしておく。

マキネッタでいれるエスプレッソの方も、最近は冷たくして飲んでいる。冷凍庫の製氷皿で作っておいた氷をコップにぎっしり詰めておいて、エスプレッソを注ぎ(こうすると一気に冷える)、牛乳をちょい足して、アイスラテに。お手軽な作り方だが、これがなかなか、さっぱりしててうまい。これを書きながら、今、まさに飲んでるし(笑)。

それにしても、もう、夏か。今年は世の中がいろいろイレギュラーすぎて、何だかなあという感じである。

雑誌の編集者には向いていない

二十代後半から三十代半ば頃まで、雑誌の編集者として働いていた。最初は出版社に契約社員として勤め、途中からフリーランスになったが、仕事の内容は同じだった。その日々を通じて、僕は、編集者に必要な最低限の能力と知識と、ささやかな成功や手痛い失敗も含めた、たくさんの経験を得た。

ただ、自分が雑誌の編集者に向いていたかというと、その適性はなかった、と今は思う。

雑誌の編集者は、憧れの職業だった。でもそれは、職業というかワークスタイルそのものに対する憧れで、雑誌というメディアを通じて自分は何を伝えるべきか、というところまでは掘り下げきれなかった。月刊誌なら毎月々々、同じレベルの品質を持つ記事を企画しなければならないというのも難しかった。あとは……他の優秀な編集者さんたちが揃って持っていた、良い意味での「人たらし」の能力を、僕は身に付けることができなかった。編集者は、人と人とをつないで、円滑に回していく仕事でもあるから。

フリーランスになってしばらくするうちに、雑誌の仕事はほぼ途絶え、自分で企画する書籍の執筆や編集の仕事の方が多くなった。版元の編集者さんやデザイナーさんの力はもちろん借りるのだが、自分で発案して自分で落とし前をある程度つけられる今の形の方が、僕には向いているのだろう。

これから先、世の中に出回る雑誌の数は、ますます減っていくと思う。いつかまた、何かの形で関わるようになる日は、来るのだろうか。