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仕事の軸足

仕事でずっと忙しい日々が続くと、きついし、疲れもたまる。でも、いくらきつくても苦にならない忙しさと、負荷はそこそこでも精神的にげんなりする忙しさという違いは、仕事によってある気がする。

それは結局、その仕事に対する自分自身の軸足が、同じ場所に置き続けられるかどうかなのだと思う。取引相手や局面によって、臨機応変に対応を切り替えるとしても、軸足である自分の信条や思い入れがぶれなければ、疲れない。それを実現させるという目的を持てるからだ。でも、自分自身の軸足がぶれて、何のためにこれに取り組んでいるのか見えなくなってしまう、あるいはそうなることを強いられてしまうと、疲れるし、やる気もなくなる。プロとして「やる気出ません」じゃすまされないんだけど、でも、出ないものはしょうがない。

フリーランスとして働いてると、まあ、いろいろあるわけで。でもがんばります。生きてくために。

春のいびき

春。最近の僕にとってそれは、大学案件で目が回るくらい忙しくなる季節。

朝イチで家を出て、電車とバスを乗り継いで、相模原方面へ。何だかんだで、片道2時間ほどかかる。定刻に出発したバスが途中で10分も遅れて、あやうく遅刻するところだった。やれやれ。

取材自体は滞りなく終わり、依頼元の担当さんに「学食で一緒におひる、どうですか」と誘われ、ビーフシチューをごちそうになる。510円。うまい。最近の学生さんはうらやましいなあと思う。

帰りもバスと電車を乗り継いで、えっちらおっちら。窓からあったかい日の光が差し込むバスの中で、隣の若い女の子が座席に身体を埋め、いびきをかいて寝入っていた。

愉しかった時間

昨日は午前中に取材、午後は別の取材、夕方は打ち合わせ、夜は飲み会と、朝から深夜までずっと出歩いていた。さすがに疲れたけど、取材は面白かったし、飲み会もいい気分転換になったし、何より、夕方の打ち合わせで新しい本を無事に校了させることができたので、本当にほっとした。

自分で企画した本を作っている間はいろいろ大変だし、片時も気を抜けないけど、でもやっぱり、何者にも代えがたいくらい愉しい時間でもある。校了してしまったら、それも終わり。肩の荷が下りてほっとはするけれど、毎度のことながら、何だか寂しい気分になる。

でも、これから先は、作った本を1冊ずつ売っていくために、いろいろ努力していかなけれならない。本を作ったら終わりではなくて、読者の手元に届けて読んでもらえるように努力するのも、僕の仕事であり、役割でもある。

がんばらねば、だな。

南アフリカ観光局「旅人インタビュー」

南アフリカ観光局「旅人インタビュー」南アフリカ観光局のサイト内にある「My South Africa Story 旅人インタビュー」のコーナーに、昨年プレスツアーで南アフリカを訪れた際のレポートと写真を寄稿させていただきました(コーナー名はインタビューとなっていますが、自分で執筆した文章です)。「アフリカの自然と野生動物に会いに行く ゲーム・ドライブを体験して」という記事タイトルをクリックすると表示されます。内容はゲームドライブの際のカメラ機材や撮影のTIPS、体験したエピソードについてなど。よかったらご一読いただけると嬉しいです。

「うまくなる」ということ

文章も、写真も、もっとうまくなりたい。いつもそう思っている。

今の自分に実力が不足しているのは自覚しているけれど、僕にとって文章や写真が「うまくなる」ということは、単に力を高めるというのとは、ちょっと意味合いが違う気がする。どちらかというと、「引き出しの数を増やす」というのに近い。どんな場面に遭遇しても、自分の意図を伝えるのに一番ふさわしい方法をスッと選べる、余裕のようなもの。引き出しの数の多さに頼るのではなく、独りよがりに力でねじ伏せるのでもなく、対象により集中して向き合う余裕を持つためというか。

文章や写真の実力は、周囲の人々からの評価の度合いによって測られるものだと思うけど、周囲からの評価を高めること自体が目的化するのは、たぶんあまりよくない。一時的なチャレンジならまだしも、それが常態化するのはちょっと違う気がする。結局、その文章で、その写真で、何を伝えるのかが一番大事。引き出しの多さも、磨き上げたスキルも、伝えるという目標を達成するための手段でしかない。

だから、もっとうまくなりたい。たぶん、死ぬまでずっとそう思い続けている。