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三人目の子供

昼、リトスタでランチを食べながら、相談事を受ける。相手は、以前創刊に関わった雑誌の編集部に在籍していた女性で、後輩といえば後輩にあたる。今では結婚して二児の母となったが、その一方で、フリーランスでの編集の仕事も続けている。

相談の内容は、彼女がこれから作りたいと思っている本の企画について。どの版元に、どのような形で持ち込めば、出版にまでこぎ着けることができるか? 正直、僕には偉そうにアドバイスできるほどの経験も実力もないのだが、自分が本を出した時の経緯などをかいつまんで説明した。

「‥‥どうせこの仕事をしているのなら、自分が本当に作りたいと思える本を作りたくて!」

彼女とはずいぶん長い付き合いになるが、今日ほど目をきらきらと輝かせて、楽しそうに自分の企画の話をしていたのを見たのは初めてかもしれない。自分が本当に作りたいと思える本を作る。僕たちの仕事は、それが始まりであり、すべてでもある。ともすれば、ルーティンワークをこなすことに汲々としてしまいがちなこの業界で、かつての仲間がそんなみずみずしい気持で本作りに取り組もうとしているのを見るのは、僕としてもうれしかった。

彼女の思いが結実した本ができあがった時、きっとそれは、彼女にとって三人目の子供といっていいほどの、かけがえのない存在になると思う。

神様の気まぐれ

先週から素材が届くのを待っていた案件は、クライアントの気まぐれで、結局、執筆作業自体が発生しないことになってしまった。ほとんど手を動かしてなかったのは不幸中の幸いだったけど、20万円かそこら損した気分(苦笑)。

そんなわけで、日がな一日、ぼんやりと過ごす。夕方頃にスーパーに買い物に出かけ、豚肉とチンゲンサイのコンソメミルクスープを作る。飲み会の翌日は、温かいスープがはらわたにしみる。ソファにもたれ、本の続きを読む。

こんな穏やかな時間を過ごしていると、ほんの二カ月ちょっと前、カルナクの山の中を死にそうな目に遭いながら彷徨い歩いていたのが、嘘のように思えてくる。標高五千メートルの場所で幕営中に雹混じりの雷雨に見舞われたり、ぬかるんで崩れそうな崖の斜面にしがみついたり、猛り狂う濁流の中を、腰まで浸かりながら馬とともに渡渉したり‥‥。圧倒的な自然の力の前に、僕はあまりにも無力だった。

あの洪水の時、カルナクよりももっと易しいはずのトレッキングルートで、何人ものトレッカーが命を落とした。もしあの時、雹がテントの天幕を突き破っていたら? もし、しがみついていた崖で土砂崩れが起こっていたら? もし、濁流の中で足を滑らせて流されてしまっていたら‥‥?

神様の些細な気まぐれで、僕は、たまたま生き残っただけなのだと思う。

午前四時の写真集

昼、国立のKunitachi Tea Houseという店でガレットのランチを食べながら、仕事の打ち合わせ。これが本格的に始動するのは来年の春以降になりそうだが、この世にまだ存在しない本のことをあれこれ話し合うのは、とても愉しい。いい本になるといいのだが。

先方のオフィスで午後半ばまで打ち合わせをした後、新宿に出てヨドバシカメラを徘徊。もうすぐ買い替える予定のテレビの現物を下見する。機種はだいたい絞り込めた。あと少しで冬だというのに、うっかりバルミューダのGreen Fanにつられてしまいそうになる。その前に必要なのは、足元暖房のヒーターだろうに。

夜は、新大久保の梁の家という店で飲み会。夏のラダックのヌブラでしばらく一緒に行動した、ジュレーラダックのスタディツアーのメンバーの方々と。この店はひさしぶりだったが、カキのヂョンとポッサムのうまさはさすが。あと、おこげマッコリというのを初めて飲んだ。

夜中に三鷹まで戻ってきて、家までの道程をぶらぶらと歩く。規則正しく並んだ街灯の列の下、しんと静まりかえった住宅街を歩いていると、もう思い出せないほど昔に考えた本の企画を思い出した。午前四時、夜でもなく朝でもない時間に、誰もいない街の風景を撮って、それを写真集にしたら面白いんじゃないか。どうしてだか、そんなことがふいに脳裏に浮かんだのだった。

嵐の前

朝遅くに起きて、ベーコンエッグを作り、コーヒーを淹れ、Macでメールをチェックする。今週末に届くはずだった素材がまだ届かないので、原稿執筆に取りかかれない。それでなくてもスケジュールはかなりタイトだったはずだが‥‥ま、何とかなるか。

午後はソファにもたれて音楽を聴きながら、本を読む。こんな風にのんびりできるのも、今のうちだけかもしれない。来週から年末にかけては、結構な本数の取材が発生しそうだし、別の案件での編集作業も依頼されている。ひょんなことから講師のような仕事(似合わない‥‥)をやることにもなりそうだし。今は嵐の前の静けさというところか。

まあ、それより何より、今、一番集中して取り組まなければならないのは、11月3日のラダック写真展会場でのトークイベントだ。開催までまだ二週間以上あるのに、すでに定員いっぱいで、立見でしか入れない状態(汗)。本番で頭の中が真っ白に飛んでしまわないように、何を話すか、イメージトレーニングしておかなければ‥‥。

手売りの喜び

今日も朝から、日比谷公園のグローバルフェスタへ。ジュレーラダックの物販ブースで店番をする。天気はどうにか持ちこたえてくれて、人出は昨日以上。売上もなかなかよかった。

昨日の段階で「ラダックの風息」が売り切れて、ジュレーラダックの事務所にあった在庫も尽きてしまっていたので、今日は僕が自宅にキープしてあった新品を7冊ほど持っていった。が、これも次から次へと売れていき、夕方の早い時間にあっさり完売してしまった。

全国の書店やアマゾンで売れていくのはもちろんうれしいけれど、自分が渾身の力を込めて書いた本を目の前のお客さんに差し出して、それをお客さんがニコニコしながら受け取ってくれるのを見るのは、何物にも代え難い喜びだ。本をつくる仕事に携わることの原点は、こうして手売りをした時に感じる喜びに行き着くのかもしれない。大切なこと。そして、けっして忘れてはならないことだと思う。