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みっともなくても

昨日はずっと家にいて、一昨日の取材の原稿を書いていた。晩飯にキャベツとコンビーフを煮て、仕事を終えた後、カマンベールチーズをつまみにビールを飲んだ。淡々と過ごした一日だった。

Facebookには、たくさんの人から誕生日祝いのメッセージが届いていた。僕自身はそういうことに無頓着なので、何だか申し訳ない気もする。僕の人生は、たぶんとっくに折り返し点を過ぎ、ぜいぜいと喘いでいるうちに、終わりが近づいているのだな、と思う。

その残された時間の中で、自分に使える力のできるだけ多くの部分を、旅にまつわる本たちを作ることに注ぎ込んでいく。たとえ、どんなにみっともないことになっても、人生が続くかぎり、旅の本にこだわって取り組んでいく。この一年は、そんな覚悟のようなものを、自分自身の中で固めた一年だったような気がする。

とはいえ、まあ、いろいろしんどいけれど(苦笑)、やれるだけやってみようと思う。

いろいろダメな日

昼、吉祥寺から井の頭線に乗って、取材先の南大沢に向かう。乗降口の近くに立っていたら、途中で乗ってきたおっさんが、ご丁寧にも、僕の左足と右足のつま先をそれぞれ思いっきり踏みつけていった。思わずキッと睨むと、おっさんは怯んで、でも謝りもせず、奥に逃げて行った。いい大人なのに。

車内アナウンスで、京王線が新宿と桜上水の間で止まっていると聞かされる。明大前をスルーして下北沢まで行き、小田急線に乗り換え。登戸で唐木田行きに乗り換え、小田急永山=京王永山で再び京王線に乗り換え。かなり余裕を持って家を出たはずが、待ち合わせ時間ギリギリになってしまった。

今日の取材は、事前に必要な情報をほとんどもらえなかったこともあって、かなり苦戦。相手の方のお人柄と、情報不足ながらもヤマを張って予習しておいた部分がある程度当たったのに助けられて、どうにか乗り切る。それにしても冷や汗ものだった‥‥。

帰りの電車は新宿方面まで一気に行くはずが、ダイヤの乱れの影響か、途中で別の車両に乗り換えろと言われる。車内の電光掲示が現在位置と全然違う駅名を表示し続けている。ようやく明大前に着いて、井の頭線に乗り換えたら、踏切に人か車が立ち入ったとかでまたストップ。

そんな折、iPhoneにメールが着信。実家の母から「誕生日おめでとう!」のメール。いや、僕の誕生日、明日だけど(苦笑)。いろいろダメな日だったけど、最後のはちょっと笑えた。

掃除の効用

朝から立て続けに二件、仕事関係でネガティブな知らせのメール。どちらも僕に落ち度はないのだけれど、結果的に僕がかぶる負担が増えてしまう(もちろん報酬は同じ)という内容。この年の瀬に、やれやれである。

とりあえず今日と明日は、仕事に取りかかりたくても取りかかれない状況になってしまった。外は氷雨が降りしきっているし、こうなったら、部屋中を掃除してやれ、と思い立つ。考えてみれば、海外取材やら何やらで、部屋のメンテもずいぶんおざなりになっていたし。

隅から隅まで掃除機をかけ、たまっていた埃を雑巾で拭い、紙ゴミをまとめて捨てる。かれこれ2時間くらい、黙々と身体を動かして掃除してみると、ずいぶんすっきりした気がした。部屋だけでなく、気分的にも。

出会うことの意味

昨日から、来年1月17日(土)に渋谷で開催する「撮り・旅!」のトークイベント第2弾の告知を始めた。おかげさまで、予約状況もかなり好調な出足のようだ。どうにか定員にまで達するといいのだけれど。

こうしたトークイベントは、ビジネスの観点で見れば、直接的な利益にはほとんどつながらない。今回も旅行会社3社に協賛していただいているけれど、満席になったとして、その入場料と協賛金を合わせても、会場代や出演者の方々への謝礼を引けば、ほとんど残らない。出版社も自発的にはこうした儲からないイベントはあまりやりたがらないので、もっぱら著者側が企画して主導することになる。もちろん、もっと有名な作家の方とかだと全然違うのだろうけど。

では、全然儲からないのにどうしてわざわざ大変な思いをしてイベントをやるのかというと‥‥単純に本のプロモーションのためだから、とは言い切れない気がしている。うまく言えないのだが‥‥自分たちが作った本の読者の方、あるいはこれから読者になってくれるかもしれない人に、イベントという現実の場所で、直接出会ってみたい、と思うのだ。そこで、自分たちが本に託して伝えようとしていたことは正しかったのか、間違っていたのか、ちゃんと伝わったのかどうかを、ほんのいくばくかでも確かめられないだろうか、と。

ともあれ、今回のは、めいっぱい面白いイベントにするつもり。興味のある方は、土曜の午後に僕たちに会いに来てください。お待ちしています。

続・仕事の価値

夕方、仕事中にネットから流れてきたニュースを見て、おや、と思う。とある事件で逮捕されたという人の名前に、かすかな見覚えが。自分のMacに保存しておいたファイルを検索してみると、同じ名前があった。四年ほど前に、ある仕事で依頼されてインタビューをした人だった。

思い返してみると、あの時は、とてもインタビューとはいえない取材だった。約束の時間から3時間以上も会議室で待たされた後、現れたのは本人ではなく助手か何かの人で、その人が資料を見ながらしゃべるのを、本人が語ったかのように記事にしてくれと言われたのだ。遠路はるばる訪ねてきたのに、ずいぶん軽く扱われたもんだなとその時も思ったのだが、さもありなんというべきか。

それでも当時、依頼元はその記事をものにしてたぶん喜んでいたと思うし、僕も原稿料を受け取った。でも、あの仕事に意味があったのかというと、当時の話の内容と、今回の顛末を考え合わせるに、むなしく感じられてしまうのは否めない。もちろん僕にはどうしようもなかったけれど、この世に何の価値も残さない仕事をしてしまった、という気がしてしまう。

仕事って、難しいな、と思う。