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旅立った人へ

代官山蔦屋書店の森本剛史さんが、昨日の早朝に亡くなられたという報せが届いた。

代官山蔦屋書店で旅行コンシェルジュを務められていた森本さんは、100カ国以上を旅してきたトラベルライターでもあり、文字通り、旅と本に関する本物のプロフェッショナルだった。僕が森本さんと初めてお会いしたのは、二年前の初夏。知人の編集者さんの紹介で、発売したばかりの「ラダック ザンスカール トラベルガイド」の件でお店にご挨拶に伺ったのだが、とても親身に話を聞いてくださって、店内でのラダックのトークイベント開催を提案していただいたりした。その後もお店でお会いするたびに、最近の売れ行きや面白そうな作家さんのことなど、気さくに話をしてくださっていた。

昨年の秋、森本さんは入院して大きな手術を受けられたのだが、今年に入ってお店にも復帰されて、春先に「撮り・旅!」に載せる旅と写真のおすすめ本の紹介記事の執筆をお願いした時も、快く引き受けてくださっていた。大入り満員になった「撮り・旅!」の刊行記念トークイベントをやろうと提案してくださったのも森本さんだった。でも、その前後から再び入退院をくりかえされるようになって‥‥。たぶん「撮り・旅!」の記事が、活字になった森本さんの最後のお仕事だったのではないかと思う。

森本さんの親しい友人だった方が、Facebookに「友が旅立った」と書かれていたが、「旅立った」という言葉で見送られるのが森本さんほど似合う人は、他にいないと思う。それにしても、急な旅立ちだった。発売の後にちゃんとお会いして「撮り・旅!」完成のお礼を伝えられなかったことが、本当に悔やんでも悔やみきれない。

「本は旅を連れてくる」。旅行コンシェルジュだった森本さんが、常日頃から同僚の方々に言っていた言葉だという。たぶん森本さんは、旅の力を、本の力を、最後の最後まで信じ続けていたのだ。それが人に、かけがえのない何かをもたらしてくれることを。

僕もまた、旅にまつわる本を作る仕事をしているけれど、さんざん苦労させられる割にさっぱり儲からないし、このままどこまでいってもやせ我慢なだけなのではないかと、暗澹とした気持になることがある。自分の作っている本にはたしてこの世に存在する意味はあるのか、単なる自己満足なだけなのではないか、とさえ思うこともある。

でも。それでも。

僕はこれからも、旅にまつわる本を作り続けると思う。それが誰かに、旅を連れてきてくれることを願って。それが誰かに、何かを変える力を与えてくれることを願って。森本さんに笑われないような本を、一冊々々、作り続ける。

本当に、おつかれさまでした。どうか、よい旅を。

デング熱狂想曲

昼から夜まで、都心でいくつかの用事があり、出かける。

途中、代々木公園で今週末に開催されるナマステ・インディアへ。ここ数年来の盛況ぶりからすると、今年は同じイベントというのが信じられないくらい、さみしい印象だった。しばらく前に代々木公園で蚊に刺された人がデング熱にかかったらしいという件が影響して、かなりの出展者がキャンセルしたようだし、人出も少なかったように感じた。

デング熱は蚊が媒介する病気で、蚊に刺されないように気をつける以外、特に有効な予防手段がない。ただ、どこそこで蚊に刺された人が感染した云々の情報に、必要以上に踊らされる必要はないと思う。たぶん、そういう蚊はだいぶ昔から日本にもいたと思うし、一度くらい公園で駆除したからといって、来年また発生するかもしれない。今の時点で、代々木公園や上野公園以外にはそういう蚊は一切いないと考えるのも不自然だし、案外、窓を開ければ蚊だらけのうちのマンションの庭にもいるかもしれない。不用意にリスクを冒す必要はないけれど、不必要に怯える必要もないかな、と思う。

将来は日本でも、インドみたいに、テレビの画面の隅にデング熱アラートが出てくるような時代が来るのかな。来ないともかぎらないか。

棚を眺めて

昼、銀座へ。三井昌志さんの写真展を観る。その後は銀座と有楽町、六本木の書店を回り、それから中央線で立川に移動して駅周辺の書店を訪ねる。

ここしばらく、たくさんの書店を矢継ぎ早に訪ねていてあらためて思うのは、そのお店の棚を眺めて回れば、そこの書店員さんの技量が何となくわかるということだ。それは巨大な床面積のメガ書店でも、お洒落なインテリアの書店でも、小さな町の本屋さんでも関係なく、棚がどんな風に整えられているかによって、その書店の価値は決まるように思う。

別に、無理に天衣無縫な文脈棚とかでなくても、オーソドックスな整え方で構わないのだ。次から次へと送られてくる新刊を捌きながら、どんな風に並べるとお客さんにとってわかりやすく、気持を惹き付けられるか、丁寧に見定めながら整える。そういう意図が透けて見える棚は、眺めていても気分がいいし、いろんな発見や出会いがある。同じジャンルの本を無造作に突っ込んだだけで、帯やカバーがよれていてもほったらかしだったりすると、何だか残念だな、と思ってしまう。

考えてみれば、すごいスキルを要求される仕事なのだ、書店員さんって。書店の棚から学ぶべきことはたくさんある。

書店回り

ここ数日、「撮り・旅!」の件で、都心の書店回りを続けている。新宿、池袋、渋谷、丸の内、神保町、吉祥寺‥‥。炎天下の中、汗を拭いつつ、ふうふう言いながら歩き回っている。

著者や編集者による書店営業は、出版社によってはあまり快く受け取られないふしがある。本を売ることについては版元に任せてほしい、という考えなのだろう。今度の本の出版社では別に悪く思われてはいないようだが、営業担当の方に同行して書店を回るという申し出は、やんわり断られた。まあ、邪魔だよね(苦笑)。他に山ほど担当の刊行物があるわけだし。なので、僕は一人で回っている。

今回の本では、販促用のポップを印刷して、それを各書店に配って回るという戦略を僕の方から提案した。たとえば、ある書店に5冊ほど配本されていたとして、それらが最初から棚差しにされているか、それとも面陳や平積みにされてポップが添えられているかでは、お客さんを惹き付ける力に、天と地ほどの差がある。そしてそれは、著者や編集者が直接書店に挨拶に伺って、本の内容をきちんと説明し、ポップを手渡すことで、ひっくり返すことができるはずの差なのだ。

広大な水田に、苗を一本々々、手で植え付けていくような、地味で気の遠くなる作業かもしれない。立ち枯れてしまう苗も多いかもしれない。でも、いくつかの苗は、きっと実りをもたらしてくれるはずだ。

さて、明日もがんばろ。

幸せな時間

昨日の夜は、代官山蔦屋書店で「撮り・旅! 地球を撮り歩く旅人たち」刊行記念のトークイベントだった。前日の朝までは定員の半分くらいの予約状況だったのに、そこから急に申し込みが殺到して、結局、本番ではぎっしり満席。大勢の人の前に出るのはひさしぶりだったので緊張したが、一緒に出演してくださった写真家の三井昌志さんと中田浩資さんのおかげで、会場もかなり盛り上がっていたように思う。自分自身のトークに関しては、いつものごとく、頭の中がまっしろになっていたので、あまりよく憶えてないのだが(苦笑)。

イベントの最中は周囲を見回す余裕も全然なかったけれど、終了後、お客さんたちが買ったばかりの本を両手で胸に抱えて、頬を紅潮させて目を輝かせながら会場を後にするのを見ていると、何というか、ぐっとくるものがあった。何もないまったくのゼロの状態から企画を立ち上げ、苦労して、苦労して、苦労して‥‥何度も心をへし折られそうになって。それでも、みんなから預かった写真を、言葉を、思いを守り抜くと決めて、意固地なまでに信念を通して。そうして生まれてきた本が、自分の目の前で、読者の手に渡っていく。一人の編集者として、書き手として、撮り手として、こんな幸せな時間を味わえることが、一生のうちに何度あるだろうか。こんな時間を味わえる人が、この世界にほかに何人いるだろうか。

僕は本当に、たまたま巡り合わせがよかったのだ。その巡り合わせを、大事にしていかなければ、と思う。