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番組改編

終日、部屋で仕事。取材が立て込んでくる今の時期、たまにずっと家にいられる日があると、ほっとする。昼下がりの部屋でコーヒーをすすりながら、しばしラジオを聴く。

今日から四月ということで、ラジオも番組改編の時期。今回一番びっくりしたのは、J-WAVEで月曜から木曜までの午後の番組をずっと受け持っていたレイチェル・チャンさんが、日曜のお昼の番組に異動になったことだろう。もうずっと長い間、平日の午後に家で仕事をしている時は、レイチェルさんの声がラジオから聴こえてくるのが当たり前のような感覚になっていたので、ちょっと狼狽(苦笑)。習慣というのは、何気に身に染み付いているものなのだなと思う。

僕自身、以前ゲストとして番組に呼んでいただいたご縁もあるし、今度から日曜でもちょっとだけ早起きして、番組、聴かせていただきます。

夢の中で

朝、ラッシュアワーで混み合う電車でもまれながら、信濃町へ。時間制限のある取材をどうにかやり終え、また電車で三鷹に戻る。今日もいい天気だ。帰りにフレッシュネスでハンバーガーとコーヒー。

早起きしての朝イチ取材で眠かったので、家に着いてからベッドにもぐり込み、二時間ほど昼寝。

夢を見た。九官鳥の九ちゃん。パグ犬のペコ。祖母がいて、父がいる。しばらくして、ああ、彼らはみな、もういないのだと気付いて、目が覚めた。

静かだった。ぬくもりと、なつかしさと、かなしみと、あきらめがあった。

春はゆるゆる

今日はほんとによく晴れて、暖かな一日だった。昼から青葉台の方に取材に出かけたのだが、歩いてるとあちこちで桜がふわっと花開いているのが見えた。一気にほぼ満開まで進んだようだ。

駅からバスに乗り換えて移動している間も、通りがかった公園では大勢の人が芝生に座って弁当を食べたり寝転んだりしてるのが見えるし、窓から差し込む陽射しにあたってると身体がぽかぽかして、もう、ゆるゆる(苦笑)。緊迫感も何もない状態になってしまって、我ながら大丈夫かと思ったけど、取材はどうにかしゃきっとやり終えた。

帰りの電車の中では、春めいた服装の若い女の子たちが、椅子にもたれ、ぽかんと口を開けたまま寝入っていた。

折れない心で

三鷹北口界隈には、何軒かのラーメン屋がある。うちから一番近いのは、チェーン店を除くと、たぶんその中でも一番後発の店だ。

その店がオープンしたばかりの頃は、割と大勢のお客さんが来ていて、外で待たなければならない時もあるほどだった。でも、去年あたりからは、だんだんそういうことも少なくなって、夕方にふらっと行くと、他に誰も客がいないことも珍しくなくなった。まだ若くて愛想のいいご夫婦がやっている店なのだが、そんな風にがらんとした時に店に入ると、二人はしんどさを押し殺すようにして笑顔を見せるのだった。

味はけっして悪くないし、むしろなかなかうまい。店のしつらえからメニューまで、丁寧に気を配っていると思う。ベストを尽くしているはずなのに、うまくいかないもどかしさ。そういう思いは、場所や仕事は違えど、今の世の中でたくさんの人が抱えているものなのかもしれない。僕自身も含めて。

今日の夕方も、その店の暖簾をくぐった時は他に誰もいなかったのだが、その後、とととっと立て続けにお客さんが入ってきたので、少しほっとした。ちょっとなれなれしい感じの二人連れの女性客の一人が店のご主人に「おいしいラーメン屋さんがあるからって、この子を連れてきたんですよ!」と話しかけると、ご主人は「ありがとうございます。これからも続けていけるように、がんばります!」と頭を下げていた。

「ごちそうさま」と言って席を立つと、「いつもありがとうございます! またよろしくお願いします!」という二人の声が背中を追いかけてきた。

お互い、がんばりましょうね。ベストを尽くして。折れない心で。

卒業式

朝、取材のため、早稲田の戸山キャンパスへ。地下鉄の駅から地上に出ると、何だかやけに人が多い。袴姿の女の子が多いのを見ると、どうやら卒業式のようだ。一学年の人数が多すぎるので、何回かに分けてやっているらしい。

僕自身もこの戸山キャンパスに通っていた人間なのだが、卒業式には、結局出なかった。当時雑誌の編集部でやっていたバイトにかこつけて、サボったというのが正しい。

なんで卒業式に出なかったのかというと‥‥何かしらの研究で成果を上げて、清々しい達成感を感じながら卒業の日を迎えるというのとは、まったく程遠い学生生活だったからだと思う。最初からろくに講義にも出ず、就職活動を放棄したついでに自主留年して、バイトに明け暮れ、無鉄砲な旅に出て、ほうほうのていでやっとこさ単位を揃え‥‥書類上は卒業できる身分になっただけ、というのが僕の大学での日々だった。

そういうろくでもない学生生活を過ごしていると、こういうろくでもない人間が生成されるというわけだ(苦笑)。

ちなみに、卒業式で受け取らなかった卒業証書は、それから十年も経った後、突然大学から「取りに来てください」という督促状が来たので(苦笑)、一応、僕の手元にある。