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「クマみたいな」の不可解

午後、新宿へ。とある雑誌の企画で取材を受けることになったので、その収録。収録場所に指定された喫茶店に行ってみると、結構店内が広くて、しかもほとんど満席。これは相手の取材チームを探し出すのに苦労するかも、とちょっと焦る。連絡をくれた担当編集の方は「姿をお見かけすればお互いすぐわかると思います」とメールに書いてくれていたのだが。

幸い、インタビュアーの方をこちらが一方的に存じ上げてはいたので、どうにか取材チームのテーブルを発見。初めてお会いした担当編集の方が開口一番、「もっとクマみたいな、ごつい感じの人かと思ってました……」と。はい、また出ました、初対面の方からのこの類のコメント。2019年はこれが最初になるか。

今まで何度かブログにも書いているが、どうも僕は、初対面の人から「クマみたいなごつい感じの人かと思ってたけど、全然違いますね」というコメントをもらうことが多い。まじで、年に5、6回は言われてるんじゃないかと思う。しかも、かなりの高確率で「クマみたいな」という形容詞がつく。いったい僕に関する物事の何がどんな風に作用して、「クマみたいな」イメージを人々の脳内に構築させているのだろうか。とんと心当たりがないのだが。

謎だ。謎すぎる。

冬の影

一年ぶりに、陣馬山から高尾山までの尾根道を歩いてきた。去年は風が強くて結構寒かった記憶があったので、しっかり着込んだ上にザックにはインナーダウンとアウターシェルを詰め込んでおいたのだが、今日は風はほとんどなく、時間が経つにつれ気温もぐんぐん上がって、15℃くらいにまでなった。おかげでラクに歩けたが、ぴりぴりと頬を切るような風を期待していたので、ちょっと物足りなかった気もする(笑)。

年末年始の不摂生のせいか、今日は身体がかなり重く感じた。ひさしぶりの山行だからか、足さばきもいまいち思うようにいかない。こういう時はペースをおとなしめにキープして、じっくりと慎重に足を運ぶように意識する。すると、だんだん山歩きでの足さばきの感覚が甦って、調子が戻ってきた。トータルでは、約6時間。去年は5時間半くらいだったはずだが、気持ちスローペースで休憩もやや長めだったので、こんなところだろう。

朝の早い時間帯にこの尾根道を歩く時、冬の日差しが足元に木々の影を落とすのが好きだ。立ち止まって写真を撮っていたら、山歩き慣れしていそうな父親と男の子が、仲良くおしゃべりしながら僕を追い越していった。

iPhoneを忘れる

午前中のうちに仕事がかなりはかどったので、昼に少し外出。用事を片付けるため、吉祥寺に行く。三鷹で住んでいた部屋は駅から徒歩15分の場所だったが、今の西荻窪の部屋は駅から歩いて5分もかからない。運動不足を補うべく、今日は吉祥寺まで歩いて行くことにした。

歩きはじめて10分ほど経って、新着メールをチェックしておこうと思ってショルダーバッグの中を探ると、iPhoneがない。折り畳み傘やエコバッグ、スーパーでの買い出しのメモ、読みさしの文庫本は入れておいたのに、iPhoneだけうっかり忘れてきたらしい。一瞬、家まで取りに戻ろうかと考えたが、いや、今日は仕事関係で切羽詰まった連絡が来る可能性は低いし、と思い直し、そのまま歩き続けた。

iPhoneを持たずに外を歩いていると、普段の自分の行動が、いつのまにか、思っていた以上にiPhoneに依存する形になっていることに気付く。空模様が微妙なら天気予報アプリやアメッシュを見るし、道順に迷ったらGoogle Mapを見る。信号待ちとかのほんのわずかな時間でも、新着メールをチェックしたり、FacebookやTwitterをちまちまと辿ったり、何歩歩いたかを万歩計アプリで見たりする。でも今日は、どれも見られない。うっすら不安にはなりつつも、その分、てくてく歩きながら、ゆっくりいろんな考えごとをすることができた。

テクノロジーを活用するのはけっして悪いことではないけれど、日々の暮らしのほんのちょっとした隙間までデジタルのかけらで埋め尽くしてしまうのは、何だかとてもせわしないことのようにも思える。たまには忘れてみるか、iPhoneを。

写真展の設営

昨日は夕方から綱島ポイントウェザーへ。11月20日(火)から始まる写真展「Thailand 6:30 P.M.」の設営に行った。

今年の春に三鷹で開催した展示から、写真をさらに10枚ほど増やして再構成。当初はパネルを壁に細い釘を打って固定しようと思っていたのだが、釘打ち音をさせるとお店の2階の住人から苦情が来るらしく(苦笑)、ネジフック(ヨートとヒートン)でパネルを壁に吊るすことにした。

枚数が枚数なので、事前にFacebookで、近隣の知り合いで設営を手伝っていただけそうな方を募集したのだが、なんと、4人もの方々にお越しいただけることになった。しかも、大先輩の庄司康治さんや、松尾純さんのお兄様の松尾洋さん、以前ヌブラ取材の際にお世話になった岩井さんご夫妻と、こちらが申し訳なくなるような方々が。みなさん、設営作業をものすごくテキパキと進めてくださって、僕が周囲でアワアワしてるうちに、2時間もかからずに設営完了。終電間際までかかると思っていたので、本当に助かった。

重ね重ね、ありがとうございました。そんなこんなで写真展「Thailand 6:30 P.M.」、いよいよ始まります。12月2日(日)まで。

与えられた時間の中で

昼、用事があって、恵比寿へ。モックネックのTシャツにコーデュロイのジャケットを羽織って外に出たら、思いの外、肌寒い。冬の気配が忍び寄ってきている。

用事をすませ、ヴェルデでコーヒーを飲みつつ少し本を読んでから、銀座へ。ソニーイメージングギャラリーで15日まで開催されている幡野広志さんの写真展「優しい写真」を見に行く。平日なのに、大勢の人が立ち寄っていた。

展示されていた写真には、何気ない、でも次第に残り少なくなる日常の時間の中で、大切な存在をいとおしむ思いが詰まっていた。「伝えたいことを伝えたい人に伝えられるのが良い写真の一つ」という意味のことを幡野さんは書かれていたが、その通りの写真だと思った。

自分の人生を他の誰かと比べることには何の意味もないけれど、僕の人生は、奇天烈ながらも運に恵まれている方だと思うし、今の自分は、これまでの人生の中でもかなり幸せな日々を過ごさせてもらっているとも思う。とはいえ、そういう日々が未来永劫続くとは思っていない。変化や終焉は、誰の人生にも、いつ訪れるかわからないし、いつか必ず訪れるものでもある。

良い文章を書きたい。良い写真を撮りたい。そして、良い本を作りたい。そのためには、与えられた時間の中で、自分と大切な人たちのために、せいいっぱい、できるだけ良い生き方をしなければ、と思う。そうして、僕よりも少しだけ長生きしてくれるかもしれない本を、この世界に残したい。