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どうにか帰国

約1カ月のラダック滞在を終え、東京に戻ってきた。

折悪く台風が日本付近に発生したということで、デリーからの帰りの飛行機はどうなるのかしらん、とかなり不安だったのだが、とりあえず出発は定刻通り、到着は1時間半遅れと、どうにかこうにか辿り着いた。最後の方は、成田上空をぐらぐら揺れながらぐるぐる回り続けて、だいぶ気持ち悪かったけど。あ、あと、機内の各座席のモニタ、システムエラーとかで道中ほぼ全落ちという、安定のエアインディアクオリティ(苦笑)。それでもまあ、前回の14時間ディレイを思えば、だいぶましか。

何はともあれ、ただいまです。ふー、やれやれ。

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ジョージ・オーウェル「一九八四年[新訳版]」読了。世間でもよく話題になっているが、この本で描かれている世界、今の日本の社会にあまりにもそっくりで、身の毛がよだつ。今の政府与党を支持するという人にこそ、読んでほしいと思う。

血まみれキムチ

西荻窪に引っ越してきて、かれこれ1年。食材の買い出しは主に僕の役目なので、ほぼ毎日、駅前のスーパーに買い出しに行く。

今日も買い出しメモを片手にスーパーに行って、小ネギやニンニク、油揚げ、オリーブオイルなどを買い、セルフレジで支払いをしていたのだが、エコバッグに品物を詰める段になって、自分の右手のひらがぬらぬらとした液体で真っ赤になっているのに気付いた。どうやら、キムチの入っていたプラボトルから、キムチ液が漏れていたらしい。

「すみませーん、このキムチ、交換してもらえますか?」と、セルフレジの入口にいた店員のおじさんに声をかけると、店員さんはびっくり仰天、飛び上がるほど慌てふためいて、「お、お、お客様、とりあえず、お、お手をこちらに……だ、大丈夫ですか?!」

店員さん、僕が割れた瓶か何かで右手を負傷して、大出血してるのだと思い込んでしまったらしい。確かに……ビジュアル的には紛らわしかった。最初から「このキムチ、液が漏れてるみたいなんですけど」と言えばよかった。すみません(苦笑)。

近くの取材、遠くの取材

昨日は千葉で取材。今日は三軒茶屋で取材と撮影。国内でのこうした取材は、かなりひさしぶりだ。

これまで、毎年3月から4月にかけては大学案件の取材が集中する時期だったのだが、今年は数件しかやらなかった。というのも、依頼元の都合で今年は取材の集中する時期が2月から3月にかけてと前倒しになり、ちょうどその時期に僕はずっとインドにいたので依頼を受けられなかったというわけだ。今年の僕の収支的には差し引きややマイナスという結果になってしまったのだが、こればかりは自分で調整できる範囲の話ではなかったので、仕方ない。フリーランスで働いていると、こういう巡り合わせになることは割とよくある。

というわけで、昨日今日はひさびさの近場の取材だったわけだが、どうも何というか、違和感みたいなものが。東京近辺の近くの取材より、ラダックやアラスカといった遠くでの取材の方が、本来のフィールドというか、しっくりくるというか。

……あと2週間半後にはそういう日々がまた来てしまうと思うと、ちときついなあとも思うけど(苦笑)。

リフレッシュ

今年から請け負うことになって、5月中はその執筆作業にほぼかかりきりだった仕事が、どうにか一区切りついた。まあ、初校が出たらまた別の種類の作業が発生するのだが、とりあえず少しだけ肩の荷が下りた。

午後、渋谷で打ち合わせ。新しい本について。いい本を作りたい、とあらためて思う。それが実現できるかどうかは、これから僕が自分自身をどれだけ追い込めるかにかかっているのだけれど。

打ち合わせの後、ひさしぶりに公園通りのマメヒコに行き、アイスコーヒーとフルーツサンドをいただきながら、しばし読書。読みかけの分厚いハードカバー、ようやく半分くらいまで読めた。その後は、キャットストリートをぷらぷら歩いて原宿まで行き、電車で西荻まで戻る。晩ごはんはフレンチカレースプーンで、Wトロ肉増しフレンチカレー。

何というか、いろいろ解き放たれて、リフレッシュできた気がする。ふう。

幸福とは

昨日の夜は、六本木のビルボードライブ東京に、コリーヌ・ベイリー・レイのライブを観に行った。

彼女の曲を聴きはじめたのは、3年くらい前に松浦俊夫さんのラジオ番組「Tokyo Moon」で「The Heart Speaks in Whispers」の収録曲を耳にしてから。ようやく念願叶っての初ライブ体験は、何というかもう、ほんとに素晴らしくて……すっかり感動してしまった。ステージ上のコリーヌは、表情や身振り手振りの一つひとつがチャーミングでのびやかで。高低も強弱も変幻自在にゆらめくような歌声が、バンドのサウンドにぴったりフィットしていて。何よりも、彼女自身が今、本当に幸せで、歌を歌うこと、音楽を奏でることが、楽しくてたまらないのだという思いが、会場に渦巻くようにあふれ出していた。

コリーヌはけっして順風満帆な音楽人生を歩んできたわけではない。デビューアルバムをリリースした後、最愛の夫を亡くし、立ち直るまでに長いブランクを経験している。だからこそ、歌い、伝えることのできる幸福というものが、今の彼女の音楽に宿っているのかもしれない。