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スヰートポーヅ

二十代の終わり頃、ほんの二、三年だったが、九段下にあった雑誌の編集部に、契約社員として勤めていた。当時から僕はぼっちが好きだったので(苦笑)、社内の人と一緒におひるを食べに行くことはめったになく、たいてい一人で、神保町の方にぶらぶら歩いていって、どこかの店に入っていた。

すずらん通りの餃子専門店、スヰートポーヅには、通りがかった時に「あ、ここはおいしそう」と直感で入ったのが最初で、あのあたりでは誰もが知ってる老舗の人気店なのだという予備知識は、まったくなかった。完全に皮を閉じていない独特の小ぶりな餃子。赤だしの味噌汁と一緒にたいらげれば、その日の午後は、満ち足りた気分になれた。雑誌の編集部を離れてからも、昼頃に神保町界隈に来る用事がある時は、たいていスヰートポーヅでおひるを食べるようにしていた。

そのスヰートポーヅが、閉店することになったという。コロナ禍の影響か、それ以外に理由があるのかは、わからない。あの店は、あの佇まいで、ずっと変わらずにあそこにあるのだと、どこかで思い込んでいた。でも、変わらないものなど、どこにもないのだろうな。新型コロナウイルスは、日本中の至るところで、それを無慈悲に炙り出している。

嗚呼、残念だ。せめてもう一度、餃子中皿定食、食べたかった。

自粛ポリス

先週の金曜、ひさしぶりに散髪に行った。約2カ月ぶり。最近暑くなってきたし、いつまた散髪できるかわからなかったので、思いっきり短くしてもらうことにした。お店の人は「ああ、インドに行く時くらいの短さですね」とあっさり理解してくれた。

髪を切り終わり、襟足を剃り、シャンプーをしながら、お店の人はこんな話をしてくれた。昨今の緊急事態宣言の影響で、この理髪店もゴールデンウイーク中は店を閉めていたそうだ。で、その旨を知らせる紙を店のシャッターに貼っていた時、通りがかったおばさんが、その貼り紙をスマホで撮っていた。ちなみのその理髪店、客の99%は男性である。

連休明けに再び営業を再開すると、何人かのおばさんが、店の前を通りががるたびに、店が営業している様子をガラス越しにスマホで撮っていくようになった。中にお客さんがいる時でも、おかまいなく。そのおばさんたちの不審な挙動に、「ああ、これが自粛ポリスというやつか」と合点したという。緊急事態宣言下で営業している店の様子を、SNSに晒したり、自治体に苦情として持ち込んだり、するのだそうだ。「怖いんで、SNSとか見てないですけどね」とお店の人は苦笑していたが。

今回の緊急事態宣言で、理髪店や美容院は、休業要請の対象にはなっていない。にもかかわらず、警察でも役人でもない一般の人たちが、裏付けのない正義感にかられて、そんな所業をするとは……。すっかり、監視社会じゃないか。まったく、人間というやつは。

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伊藤精一「俺のアラスカ 伝説の“日本人トラッパー”が語る狩猟生活」読了。アラスカに移り住んで罠猟師(トラッパー)とハンティング・ガイドとして暮らしてきた伊藤精一さんの口述をまとめた本。とても貴重な記録で、伊藤さんの軽妙な語り口とあいまって興味深く読ませていただいた。残念なのは、誤植が多かったこと。本文組の書体指定が変に転んでしまってる部分など、かなり気になった。見本誌までの段階で直せなかったのだろうか。

身構えてしまう

午前中、池袋へ。ジュンク堂書店池袋本店で今日から始まる、『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』刊行記念写真展の設営のお手伝いに。設営作業自体は1時間ほどで終わった。スペースや予算など、いろいろ制約のある中で、まずまず良い感じに展示できたのではないかと思う。

担当編集さんと別れ、麺屋武蔵二天でおひるを食べ、電車を乗り継いて、丸の内、神保町、新宿の書店をいくつか回る。『冬の旅』が店頭でどんな感じに置かれているかを確認して、版元にフィードバックするため、という大義名分はあるが、ぶっちゃけ、自分の本が店頭に並べられてるのを見ておきたかったからだった(苦笑)。

大きめの書店では今日はどこも『鬼滅の刃』最新刊を買いに来た人たちの行列ができていて、ソーシャル・ディスタンスを意識してる分、とても長い列になっていた。それ以外のフロアでも、平日の昼間の割には結構人が来ている。街の中も、池袋や新宿はいつもの数分の1だとは思うが、それでも大勢の人が行き来していた。

電車に乗って都心に出て、大きなターミナル駅を利用したのは、ずいぶんひさしぶりだったのだが、正直、疲れた(苦笑)。ラッシュアワーに比べれば列車内は全然がらがらだし、街にも人混みができているわけではないのだが、それでも、マスクを外したまま大声で携帯で話をしてるおっさんや、マスクをしないまま電車に乗ってきて菓子パンをかじってるにーちゃんなどを見かけると、やっぱり身構えてしまうし、可能ならしっかり距離を取って迂回してしまう。今のこの状況では、都心に出かけたところで、気晴らしになるどころか、逆に気疲れしてしまう、と思った。

いつまで続くんだろうなあ、この状況は。

飛び去っていく時間に

暑い。今日は部屋の窓を開けて網戸にし、サーキュレーターを回している。部屋着は先週あたりから、すでにTシャツと短パン。この調子だと、来月からはエアコンを除湿モードで動かさないと、耐えられなくなるかも。

ついこの間、桜の季節があって、「今年はコロナ禍でちゃんと花見できなかったなあ」と思っていたのに、気がつけばもう夏が目の前に迫っている。今の世の中の嫌な状態を早くやり過ごしたい、一息つける時期が来てほしい、と思っているから、しぜんと時間が早く飛び去っていくように感じるのかもしれない。

……まあ、そう簡単には収束しないだろうな、ということも、薄々わかっているのだが。

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ロバート・ムーア『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』読了。しばらく前に買っていたものをようやく読んだのだが、面白かった。アパラチアン・トレイルをスルーハイクした経験をきっかけに、「トレイルとは、道とは何か?」というそもそものところから、徹底的に掘り起こして文献を調べ、体当たりで取材し、思索を巡らせて書かれた労作。ハイク好きの人には特におすすめ。

疑心暗鬼

三日ほど前、銀行から一通のメールが届いた。デビットカード関係のキャンペーンで、5000円分のアマゾンギフト券プレゼントに、僕が当選したのだという。

そのメールを目にしてから、たっぷり5分間ほど、僕は訝しんだ。いやいや、今のこのご時世に、そんなうまい話、あるわけないだろ。スパムメールだろこれ。怪しいリンクをうっかりクリックしたら、個人情報根こそぎ持っていかれるやつじゃないか。

でも、そのメールには、怪しげなリンクが張られているわけでもなく、コピペして使うギフト券番号が書かれていただけだった。それでも「いや、怪しいんちゃうか」とさんざん訝しんで、ようやくアマゾンのアカウントにコピペして入力してみたら、本当に5000円分、チャージされた。本物だった。疑って、すまんかった。

まあでも、逆に言えば、プレゼント当選のメールだけで、これだけ疑心暗鬼にならなきゃならないほど、今の世の中が、どこかしらボタンを掛け違えてしまってるということなのかもしれない。やれやれである。

いただいた5000円分のギフト券は、そのうち、ちょっといいウイスキーでも買う時の足しにさせてもらおうと思う。