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トレーニング中

最近、ずっと忙しい状態が続いていて、朝早くから取材に出かけなければならない日も多い。そういう時は前日のうちにコンビニで翌朝の朝ごはんを買っておく。サンドイッチとか、おにぎりとか。だから近頃は、ほぼ毎日のように近所のコンビニに立ち寄っている。

そのコンビニ、しばらく前から急に、店内にいる店員さんがほぼ全員、外国人の若者たちに切り替わった。誰も彼もみな、胸に「トレーニング中(名前)」という名札をつけている。二つあるレジを両方ともトレーニング中の彼らが担当してるのだが、彼らを指導する立場の日本人のスタッフはどこにも見当たらない。思い切ったことをするというか、極端な切り替えだなあ、何か裏であったのだろうか、と僕は一人訝っていた。とはいえ、彼らトレーニング中の若者たちは、みんな丁寧な言葉遣いで、すごくがんばっているように見えた。

で、今日の夕方、そのコンビニに立ち寄ってみると、ひさしぶりにレジ打ちの店員さんがみんな日本人だった。しかし……何だろう。変な感じに場慣れしちゃってるというか、いろいろいい加減というか。妙にカッコつけた巻き舌っぽい口調、商品を扱ってるのに荒っぽい手つき、おつりの雑な渡し方。

この間のトレーニング中の外国人の子たちの方が、よっぽど丁寧だった。君ら、再トレーニングした方がいいよ。

五年、そして今思うこと

午前中、市ヶ谷で取材。終わった後、午後は荻窪の雷鳥社へ。新刊「ラダックの風息[新装版]」の見本誌をチェックして、自分用に数冊受け取る。ようやくこの瞬間が来た。本を作る時、この瞬間は毎回感無量だけど、この本は、準備段階から費やした時間も労力も、注ぎ込んだ思いも桁違いだから、その分、喜びもひとしおだ。いい本に仕上がったと思う。

五年前の3月11日、あの震災が起こって、あまりにも非現実的で理不尽にも思える惨事が報じられ続けた日々。お金を寄付してみたりもしたけれど、本当の意味で何をすべきなのかと考えた僕は、「自分が世の中に対してできることを精一杯やる」という選択に行き着いた。僕の場合、それは本を作ることだった。その年の夏、僕は取材費用を自腹で立て替えてラダックに飛び、「ラダック ザンスカール トラベルガイド」を作るための取材に取り組んだ。

それから五年の間に、僕は「撮り・旅!」を含めて、自分の企画の本を3冊作ったことになる。編集者としては多いとは言えない。まして、その3冊が世の中で何かの役に立つともあまり思えない。存在しなければしないで、誰も何も気にしない程度の本でしかないのかもしれない。

でも、今の世の中で、みんながそれぞれの場所で自分にできることに精一杯取り組めば、たとえ一つひとつはささやかなものでしかなくても、何かが少しずつ良い方向に向くのでは、とも思うのだ。そうして精一杯生きることが、五年前に理不尽な形で立ち去っていかざるを得なかった人々に対しての敬意のようなものなのかもしれない、と僕は思う。

忘れないこと。ささやかでも、精一杯生きること。これからも続けていければと思う。

そして春が来た

今朝は早起きして、家から徒歩20分の場所にある税務署へ。確定申告を今日こそ終わらせねばならない。

開場してすぐの時間だったのに、申告会場にはすでに長蛇の列。幸い、すぐに列を離れて青色申告コーナーに誘導してもらえたので、そこまで待たされることはなかった。あの列でまともに待ち続けるのは本当に大変だろうな……。

一年前の申告の時の経験と、自宅でかなり周到に数字をチェックして整理しておいた甲斐あって、決算書などの書類はかなりスムーズに準備できた。よしよし、と思っていると、国民健康保険の支払証明書を持ってくるのをうっかり忘れていたのに気付く。ガッデム。係員さんに頭を下げ、家まで早足で往復して取ってくるはめに。

あたふたあたふた、どうにかこうにか、書類を全部提出し終えて、まだ長蛇の列が連なる税務署を出たのは、ほとんど正午前だった。近くのフレッシュネスでバーガーとコーヒーのおひるを食べ、半ば放心状態で、歩いて家に戻る。近所の家の庭では、木蓮の花がほころびはじめていた。

早く忘れたい

沖縄取材に行ったりしていた関係で遅れていた確定申告の準備作業に、昨日今日と取り組む。去年ほど五里霧中な状態でもなかったし、数字もほぼ間違いなく揃ったので、あとは税務署に行って細かい点をチェックしてもらいながら書類を作って提出すれば、どうにか解脱できそうだ。

この準備作業に取りかかる前は、とにかく嫌で嫌で、何かしら理由をつけて後回しにしていた。原稿を書いたり写真を撮ったりゲラチェックをしたりといったいつもやってる仕事は、大変だなあとは思っても嫌とは思わないのだが、確定申告の準備はとにかく嫌で、やる気が起きなかった。

でも、いったん作業に着手すると、今度はやりかけの宙ぶらりんな状態でいるのが嫌になって、もう一刻も早く終わらせて、さっさと忘れてしまいたいと思うようになった。だから、取りかかる前はあんなに億劫だったのに、着手すると早い早い(苦笑)。とにかく早く終わらせたかったのだ。

……まあ、全部終わって忘れ去っても、一年後にはまた同じことのくりかえしなんだけど。

確定申告が憂鬱な理由

この季節になると、考えたくない、手をつけたくない、でもやらないわけにはいかない作業がある。確定申告の準備。

今年に入ってからも、忙しいのを言い訳にして、後回し、後回しにしてきたのだが、各社からの支払調書もほぼ揃ってしまったからには、着手せざるをえない。ちょっとでも気を紛らすため、ジャイルス・ピーターソンの3枚組CD「MASTERPIECE」をぶっ通しでかけながら、関連口座のデータをチェックして仕訳の準備に取りかかる。

しばらく作業に没頭していて、やっぱりどんどん気が滅入ってきて……はたと気づいた。確定申告の準備を憂鬱に感じる、最大の理由に。その年の稼ぎがよくてウハウハだったなら、メンドクサイ作業も苦にならないはずじゃないか。ここしばらく、ずっと出版不況のあおりで青息吐息のていたらくなのに、国民健康保険だ市民税だ都民税だとズバズバさっぴかれてるのをリアルな数字で見せつけられたら、そりゃ気も滅入るわ。

あー、リッチになりたい。贅沢したいとかじゃなく、税理士さんを雇えるくらいの余裕を持ちたい。そしたら、メンドクサイことは全部おまかせして、銭勘定のことはきれいさっぱり忘却の彼方に放り投げたい。まあでも、無理だな(苦笑)。