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初夏の土曜日

昨日は梅雨っぽい天気だったが、今日は昼から晴れて、風も吹いて爽やかな日になった。

午後、広尾で昨日から始まった吉田亮人さんの写真展へ。今日は会場で吉田さんと石井ゆかりさんとの対談があるとのことで、すべり込みで拝見させてもらった。先日のKYOTOGRAPHIEで吉田さんが発表した「Falling Leaves」の制作過程の話も。写真家をやめようと思ったほど悩み抜いた末、写真家として、人としての原点と、これからの道を見出した吉田さん。大きな一歩を踏み出されたのだな、と思う。

その後、神保町に移動して、スヰートポーヅで餃子中皿定食をたいらげ、少し書店街をぶらつき、夕方から岩波ホールでチベット映画「草原の河」を観る。山あり谷ありの大感動作とかではないけれど、静かで、しみじみ、じんわりとくる映画だった。標高の高い場所が、少し恋しくなった。

……まあ、あと1カ月後には、行くんだけども。そう考えると、それはそれで、何だか茫然としてしまう。

牧畜民とカツサンドと時計職人

昨日はなかなか霧雨が止まなかったが、午後から出かけた。

まず、吉祥寺のキチムで始まった「ヤクとミルクと女たち チベット牧畜民のくらし展」へ。チベット・アムド地方の遊牧民の人々の暮らしぶりが丁寧に紹介されていて、ラダックのチャンタンの遊牧民との共通点や違いを考えながら拝見させてもらった。展示のあちこちに細かな工夫がなされていて、主催者の方々の思い入れが伝わってきた。見れてよかった。

夕方までに渋谷に移動し、またしてもユーロライブの南インド映画祭へ。夜の部のチケットを買い、時間が来るまで、宇田川町のマメヒコでカツサンドとジンジャーソーダをいただきながら、じっくり読書。これもまた、とてもいい時間だった。

で、この日観た映画はタミル語映画の「24」。タイムマシンを発明してしまった科学者とその双子の兄弟、そして科学者の息子である時計職人を、スーリヤという俳優が一人で演じ分けるという、すごい配役。その演じ分けにまったく違和感がなかったのもすごかった。例によってツッコミどころは数あれど(笑)、二転三転する物語はよく練られていたし、細かな伏線が綺麗に回収されていくのも気持よかった。しかしまあ、時計職人って、何でもできるんだなあ(笑)。

すっかり一日遊んでしまったので、今日からしばらく真面目に働きます。はい。

「ルシア」

南インド映画祭で公開された12本の作品のうち、唯一のカンナダ語映画「ルシア」。カルナータカ州で主に話されている言語の作品だ。クラウドファンディングで調達した資金で作られた低予算作品なのだが、いい意味で、今年観た中で一番の「してやられた感」を感じた映画だった。

大都会バンガロールの片隅で、客の入りの悪いカンナダ語映画にこだわって上映を続けている古い映画館。田舎者で学のないニッキは、その映画館で客の案内係をして暮らしている。同居人の男たちのいびきで眠れない夜を過ごしていた彼は、胡散臭い売人たちから「ルシア」という睡眠薬を買う。それはただの睡眠薬ではなく、自分の思い通りの楽しい夢を見ることができて、薬を飲むたびにその夢の続きを見られるという薬だった……。

何をやってもうまくいかない、どん詰まりの現実から逃れるように、彼は夢を見る。夢の中での彼は、誰もが羨む華々しい立場の人間で、仕事も、恋人も、思うがまま。のはずだった。夢は微妙にぎくしゃくしはじめ、現実は予想外の方向に転がりはじめる。そして……これは夢なのか。それとも現実なのか。この映画そのものが夢なのか。

観る者を翻弄するこの「ルシア」の中で、常にまっすぐに届いてくるのは、映画への愛情だ。現実のつらさをつかの間忘れさせ、小さくても生きる希望を心に灯してくれる映画というものの存在と役割を、この作品の作り手たちは本当に大切に考えているのだと思う。

誰かにとっての小さな夢は、別の誰かにとっては大きな夢かもしれない。一人ひとりが現実の中で、それぞれの夢を抱えて生きることの意味。観終わった後の不思議な余韻の中で、そんなことを考えさせられた映画だった。

映画、二連チャン

昨日は渋谷で、映画を立て続けに2本観た。

最初に観たのは、南インド映画祭で公開されているタミル語映画「テリ スパーク」。小さな娘と二人暮らしの気弱そうな父親は、かつては凄腕の警官で、娘を守るために過去の仇敵と戦う、というストーリー。アクションは過激なまでに派手だし、ダンスシーンは華やかだし、南インドの娯楽映画としては申し分ない出来。ただ個人的には、仇敵たちへの仕打ちの仕方があまりにも直截的すぎる気がして、ほんのもうちょっと、ひと工夫できていればさらによかったかも、と思った。

次に観たのは、エドワード・ヤンの「台北ストーリー」。1980年代、急速に変貌しつつあった台北の街で、それぞれの人生に行き詰まりを感じていた人々が、どうにもできずにあがくうちに、さらに行き詰まり、思いもよらない(あるいは予期された)結末に行き着く。悲しく、やるせない物語。しかし映像は本当に美しい。ほんのささやかな場面でも、完成された写真作品のように丁寧に気を配って撮っているのがわかる。

昼から夜まで映画漬けの、幸せな一日だった。座りすぎで尻が痛いけど(笑)。

「レモ」

今年、4月末から5月上旬にかけて、東京と大阪で開催されている、南インド映画祭。都合が合う日にどれか観に行こうと、各上映作品の予告編動画を見ていて、これは相当面白そうだな、と思ったのが、タミル語映画の「レモ」。で、昨日、観に行ってきた。

うだつの上がらない役者志望のSKは、オーディションで出会った映画監督に、次回作の主人公にはナースの女装をさせるという話を聞く。街の中で見かけて一目ぼれした女性、カヴィヤに婚約者がいることを知り、失意の中でナースの扮装をして監督に会いに行ったSKは、帰りのバスの中で偶然カヴィヤと話をするようになり、彼女が医師として勤める病院で働かないかと誘われて……。

いやー、楽しかった。ありとあらゆるところに「いやいやいや」とツッコミたくなるポイントが満載なのだが、それ自体が面白いというか、この映画の魅力になっている。いい意味での「おやくそく」がたっぷり用意されている安心感。シヴァカールティケーヤンのナースの扮装と演技は異様に完成度が高くて、ちゃんと品があるのもよかった。まさかの「PK」オマージュもあったり(笑)。笑ったり、ハラハラしたり、ひゃーっとなったりをくりかえして、観終わった後に包み込まれる、何とも言えない多幸感。こういうのが、インド映画ならではのよさの一つだよなあ、とあらためて思う。

「レモ」は、来週8日(月)と11日(木)にも上映されるそうなので、興味のある方はぜひ。