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「きっと、またあえる」

コロナ禍の影響で、春頃に予定の公開が延期されていたインド映画「きっと、またあえる」(原題「Chhichhore」)が、ようやく公開された。

アニの息子ラーガヴは、大学受験に失敗したショックで、マンションのベランダから身を投げてしまう。かろうじて一命は取り留めたものの、予断を許さない状態で、ラーガヴ自身にも生きる気力が見られない、と医師は言う。アニはラーガヴの枕元で、「負け犬」だった自分の学生時代について語りはじめる。五人の悪友と、一人の女性と過ごした、かけがえのない日々のことを……。

良い映画だった。物語もメッセージも、まっすぐすぎるくらいまっすぐで、むちゃくちゃ心に響く映画だった。でも、だからこそ、つらかった。

この作品で主人公のアニを演じた、スシャント・シン・ラージプートは、2020年6月14日、ムンバイの自宅で自らの命を絶った。以前から鬱病を患っていたとも言われているが、定かではない。今もインド国内では、彼の死にまつわるさまざまな憶測やゴシップが日夜メディアで取り沙汰されているそうだが、それらについて、ここでは特に触れないし、正直、興味もない。

彼の出演作は、日本ではこれが見納めになるかもしれない。観ておかなければ、見届けておかなければ、そう思って、映画館に足を運んだ。が、やっぱり、つらかった。作品に込められたまっすぐで温かなメッセージが、なおさら、やるせなかった。「なんでだよ」とスクリーンに向かって思わず言いたくなった。

彼にはもう、会えない。今はただ、安らかに。

「War」

最近のインド映画で主演を張る男優の多くは、腹筋がバキバキのシックスパックに割れるほど鍛え上げた肉体を持っている。しかし、見せかけの筋肉ではなく、アクションやダンスシーンで人並外れたパフォーマンスを披露できる、本当の意味で「動ける」肉体を持つ男優は、それほど多くない。その数少ない「本当に動ける」スター男優の二人、リティク・ローシャンとタイガー・シュロフがダブル主演で初競演した注目作が、「War」(邦題は「WAR ウォー!!」なのだが、冗長なので原題で)だ。

インドの諜報機関RAWの凄腕エージェント、カビールが、テロリストを追跡する任務中に突然、作戦司令を出していた高官を射殺して、逃亡した。かつてカビールの忠実な部下だったハーリドは、謎の行動を続ける彼の後を追う。ハーリドの父親もかつてはエージェントの一人だったが、組織を裏切った結果、カビールによって射殺されていた。裏切り者の息子という烙印を跳ね除けるため、ハーリドは父を殺したカビールを師と仰ぎ、カビールもまた、もっとも信頼する部下としてハーリドを鍛え上げてきたのだった。そのカビールが、なぜ、自ら組織を裏切ったのか……。

この映画、リティクとタイガーの競演ということで、バイクチェイスにカーチェイス、銃撃戦に肉弾戦と、二人の強みであるアクションを全編にわたって、これでもかと詰め込んだ構成になっている。ダンスシーンは意外と少ないが、インパクトはかなりすごい(笑)。物語自体はスパイアクションものでは割とよくあるパターンの出だしで、敵も味方も機密情報のセキュリティはザルすぎだし(笑)、中盤から終盤にかけてのどんでん返しも、「それはさすがに無理筋では……」と思わずにいられない捻り方だった。個人的には、そうやって無理やり捻って意外性を狙うよりも、バディムービーとしての正道を突き進んだ方が、より素直に登場人物に感情移入できて、観終えた後にスカッとした気分になれたのでは……と思った。この二人の映画を観に来る人が求めているのは、そういうシンプルなカタルシスだと思う。

ちなみに、劇中で「シアチェン」と「カルギル」という単語が出てきた時に「おおっ」と思ったのは、たぶん僕だけだろうな(笑)。

あと、この作品に関しては、日本の配給会社が公式サイトやチラシやパンフレットに掲載した作品のあらすじのテキストを、ポポッポーさんの映画評ブログからそっくりコピペして使用していたという、非常に残念な出来事があった。ポポッポーさんのサイトからは、以前も「Queen」のあらすじのテキストが配給会社に剽窃されたことがある。ほんと、日本国内の配給会社や宣伝会社のスタッフの方々には、Web上からの安易なコピペは厳に慎んでもらいたい。露見すれば、作品の価値を貶めることになってしまうので。

「カセットテープ・ダイアリーズ」

先週末、六本木の映画館で「カセットテープ・ダイアリーズ」を観た。相方と一緒に観に行ったのだが、相方はこれが2回目の観賞。僕がインド関係のイベントに出展してる時に一人で観に行って、すっかり気に入り、僕も連れてもう一度観に行きたいと思ったのだそうだ。

舞台は1987年の英国の片田舎の町、ルートン。パキスタン系移民の息子ジャベドは、厳格な父親からの締め付けや、移民の存在を快く思わない町の人々からの偏見に悩みながら、その思いを誰にも見せない日記や詩に書き綴る日々を過ごしていた。そんなある日、ジャベドはクラスメイトのループスが貸してくれたブルース・スプリングスティーンのカセットテープを聴いて、衝撃を受ける。自分の鬱屈した思いをすべて歌ってくれているかのような彼の音楽に、夢中になるジャベド。スプリングスティーンが楽曲に込めたメッセージに背中を押されるように、ジャベドの人生も変わりはじめていく……。

この作品は実話を基にしているそうなのだが、苛酷な生い立ちや厳格な父親に抗いながら、自身の才能と努力で人生を切り拓いていくという構図は、サクセスストーリーとしては王道中の王道だ。最近だとインド映画の「シークレット・スーパースター」や「ガリーボーイ」なども同じ構図だが、この2作品では最終的に家庭が瓦解してしまうほど切迫した設定になっている。それらに比べると「カセットテープ・ダイアリーズ」はもう少しマイルドで、家族や地域とのつながりが大きなテーマとなっているように思う。

スプリングスティーンによって心を解き放たれたジャベドは、恋に、友情に、そして将来の夢に、勇気を奮って歩み出していく。その過程の多くは、インド映画のダンスシーンを参考にしたかのようなミュージカルで描かれているのだが、インド映画ほどキメキメではなく、演者の照れや初々しさがそこはかとなく感じられる(笑)。何から何まで全部スプリングスティーンの歌でくるんで一気に突っ走っていくという、不思議な爽快感のある演出だ。

そんなジャベドたちの行手には、格差社会や移民への無理解という、醜悪で頑迷な壁が立ち塞がる。その壁は、2020年の今もなくなるどころか、さらにこじれた形で世界中にはびこっている。それに完全に打ち克つことはとても困難だが、声を上げ続けることをあきらめてしまってはいけない、ともこの作品は語っているように思う。

総じてとても良い作品だったのだが、公式のパンフレットに、ちょっと残念なミスを発見。ジャベドにスプリングスティーンを教えた親友のループスを「ムスリム系の陽気なクラスメイト」と説明しているのだが、劇中で見るかぎり、ループスはパンジャーブ系のスィク教徒という役柄だと思う。

「サーホー」

3月の公開時には、忙しかったのと世の中が不穏だったのとで、観に行きそびれていたインド映画「サーホー」を、営業再開した新ピカでようやく観た。主演は「バーフバリ」のプラバース、ヒロインはシュラッダー・カプールという、クライム・サスペンス・アクション。普通に考えたら、ヒットしないわけがないだろう、という作品なのだが……。

……正直言って、あんまりパッとしなかった(苦笑)。インド国内でも、初動はよかったものの急激に失速したと聞いていたのだが、まあ無理もないなあ、と思った。

原因はいくつかある。物語全体の流れと各場面の演出が、わかりにくい上にちぐはぐだったこと。どんでん返しも伏線回収も、それらを脚本にちりばめること自体が目的化していて、必然性が感じられないから、感情もさほど揺さぶられない。主人公は何でもすべて計算通りでお見通しという超人的な存在なのだが、その割には各場面で結構成り行きまかせの結果オーライで物事を進めていて、それもちぐはぐだなあと感じた。

あとは、「バーフバリ」のプラバースだ、という点を強調しすぎていたのでは、とも思う。最初から最後までプラバースのキメポーズとキメゼリフで埋め尽くされたプロモビデオのような造りだった。もし、プラバース以外の俳優が主演だったら、物語も演出ももっと自然に整理されて、ましな仕上がりになっていかたもしれない。

というわけで、プラバースの次回作での改善に期待。

「ヴィクラムとヴェーダー」

不穏な雰囲気の世の中ではあるが、マスクと消毒液持参で、混む列車と繁華街を避けまくり、アップリンク渋谷へ。インド大映画祭の「ヴィクラムとヴェーダー」を観に行った。これはどうしても、日本語字幕付きのスクリーンで、見届けておきたかったのだ。平日の初回だったこともあって、場内は空いていて、ちょっとほっとした。

殉職した警官の父を持つヴィクラムは、自身も警官として、相手が悪党であれば射殺も厭わない非情さで、ギャング組織の黒幕であるヴェーダーを追っていた。ギャング同士の抗争に見せかけて、次々とヴェーダーの手下を始末していく、ヴィクラム率いる警察の偽装襲撃チーム。そんな中、突如、ヴェーダー本人が警察署に出頭してくる。他の誰に対しても固く口を閉ざしていたヴェーダーだったが、ヴィクラムが取調室に現れると、饒舌に自身の過去を語りはじめる……。

いや、これ、すごい。すごい作品だ。他の人のレビューに「あまりにも人が死に過ぎる」という意見があって、まあ確かにそうなのだが、ギャング同士の抗争とか、酷過ぎる警察とか、そもそも死人が出やすい物語設定だし、そのあたりがマイルドだと、この作品の「善と悪の境界線」というテーマが、重みを失ってしまうように思う。善とは何か、悪とは何か、誰が、何を基準にそれを決めるのか。ヴェーダーの問いかけに、ヴィクラムの信じていたものが、不確かに揺らいでいく。

R・マーダヴァンとヴィジャイ・セードゥパティの二人は、どちらも渋くて凄味があって、ずしりと重い(そしてほんの時々カルい)演技が、とてもよかった。なかなか先を見通せないストーリー、伏線の巧みさ、まさか!の展開、そこで終わるのかよ!のラスト。ほんと、いろいろ衝撃だった。観ておいてよかった……。