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普通の一日

ここ最近、あまり睡眠時間が足りてなかったので、二度寝して昼頃に起きる。

飲み会続きで疲れた胃腸をいたわるため、今日はおひるをあえて抜いてみた。缶コーヒーを飲みながらメールやニュースのチェックをしていると、どうやら金正日が死んだらしい。哀悼の意を表する雰囲気はどこにも微塵も感じられないが、みんなの関心事は、北朝鮮がやけっぱちになってミサイルをぶっ放したりしないかということの方だから、むべなるかな。

仕事の方は、これから作る本のカラーグラビアの構成の検討。どの写真をどんな風にして載せるか、実際にレイアウトイメージを作って試行錯誤しながら考えていく。夕方、ちょっと腹が空いてきたので、冷凍ごはんをあっためて、納豆とキムチと生玉子をのせ、味噌汁と一緒に食べる。

まあ、そんな感じの普通の一日。一応、誕生日だったんだけどね。

日記を書く場所

一日一回、こうしてブログを書くことは、僕にとっては暇つぶしというか、すっかり習慣と化しているのだが、この習慣がいつ頃から始まったのかと思い返してみると、かれこれ十年も前のことだった。ひょえー。

当時はブログなんてほとんど影も形もなくて、テキストエディタでコーディングして作った個人サイトで日記を書いていた。Movable Typeに移行したのがその数年後。今と違うのは、通常の日記の他に、当時はWeb上で見つけたちょっとヘンだったり面白かったりするネタを、コメントとリンク付きで毎日数本紹介していたことだった。それはそれで楽しかったし、そういったB級ニュースを目当てにアクセスしてくれる人も少なからずいた。

ただ、その後はB級ニュースを集めて紹介するサイトはものすごく増えてしまったし、情報を共有する方法もTwitterやFacebookで恐ろしく簡単にできるようになったので、アマノジャクな僕は、ブログでB級ニュースを紹介するのをやめることにした。以後、ひたすらだらだらと独り言を書きつけるという今のスタイルが確立されるに至る(笑)。

日記を書くこと自体が生産的な行為だとは、別に思っていない。ただ、何か思うところがあって文章を書いておかなければならない時、それをささっと書けて、それを読んでくれる人がいる(かもしれない)場所があるというのは、僕にとっては割と大事なことだ。読み飛ばされても文句の言えない140文字じゃ伝わらないこと、たくさんあるから。

協調性がない

今さらと言っては何だが、僕には、協調性がない。

子供の頃から、誰かと一緒に何かをする団体行動は苦手だった。特に、明らかに信頼できない人が上の立場にいて、トンチンカンなことを強いられそうになると、あからさまに抵抗した。社会に出ても、そういう性分は変わらなかった。それでよく雑誌の編集者が務まったなと言われるが(苦笑)、編集者はまず自分の担当ページをきっちり守ることを優先するから、他の編集者との軋轢はさほど生じなかったのだ。‥‥まあ、それでも軋轢が生じた人もいたけど(笑)。

だから、フリーのライター&編集&たまにフォトグラファーという今の働き方は、心の狭い自分にすごく合っているなあと思う(笑)。クライアントにトンチンカンなことを強いられそうになったら、断ればいいだけ。収入は減るけど、心はすり減らない。自分自身が必死こいて働いた分だけしかお金が入ってこないというのも、ある意味、真っ当ですっきりしてるので、気に入っている。

この先も、大金持ちにはなれそうにないけど、ま、仕方ないか。協調性がないんだし(笑)。

淀まず、あわてず、後戻りせず

二十代の初めの頃、色川武大の「うらおもて人生録」という本を読んだ。かつては筋金入りの博打打ちとして幾多の修羅場をくぐってきた彼は、カタギになるために小さな出版社で働きはじめた頃、自らに三つの約束事を課した。

一つめは、一カ所で淀まないということ。いいところならともかく、悪い条件のところは、自分の生きたいように生かしてくれない。少しでも自分らしく生きるために、一つのところに満足したりあきらめたりしないようにする。

二つめは、階段は一歩ずつ、あわてずに昇るということ。その時の自分の実力に合わせて、決して先を急がない。焦って二、三段駆け上がると、転んだり落っこちたりする。いいところに行きたいなら、そのための力をつける。

三つめは、でも決して後戻りはしないということ。一度昇った場所でやったことに対しては、きちんと責任を持つ。きついからといって楽な方に安易に逃げない。

僕は色川さんのように冷静な勝負眼を持ち合わせているわけではなく、かなり、いや相当に行き当たりばったりな人生を過ごしてきた。でも、自分の職歴について振り返ってみると、結果的に「淀まず、あわてず、後戻りせず」というセオリーを踏み外すことなくやってこれたのかなという気がしている。もし、最初から運よく大手出版社に入っていたとしても経験と実力不足で脱落していただろうし、一時期関わっていた雑誌の編集部にあれ以上依存し続けていたら、その分野のネタしか扱えない井の中の蛙になっていただろう。後戻りしないというのは、今まさにやせ我慢してる真っ最中だが(笑)。

ただ、ラダックの本を書こうと思い立って、それまでの仕事を全部チャラにして日本を飛び出した時は、正直、人生最大の大博打だったなと思う。「この本をものにできなかったら、俺は物書きを廃業する」と本気で思い詰めていたから。結果的にうまくいったからよかったが‥‥(汗)。でも、長い人生の中では、時には大勝負をしなければならない時もあるのかもしれない。

色川さんの「うらおもて人生録」は、他にも含蓄のある言葉が詰まった名著なので、人生に迷っている方は一度読んでみたらいいんじゃないかなと思う。

「秒速5センチメートル」

秒速5センチメートル。それは、桜の花びらが舞い落ちる速度なのだという。

Apple TVで、新海誠監督の「秒速5センチメートル」を借りて観た。「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」という連作短編アニメーション。幼い頃に知り合って心惹かれていた二人が、離ればなれになり、やがて大人になっていく。渡せなかった手紙。言えなかった言葉。いつか辿り着けると信じていた場所。二人の間を通り過ぎていく時間が、優しく、そして残酷に描かれている。

この作品では、わかりやすいカタルシスを味わえるような出来事は、何も起こらない。ただただ、届かなかった想いを抱えて生きていくことの苦しさとせつなさが、これでもかというほど美しい映像(特に第三話のラストに連なるパートの加速感!)に重ね合わされて映し出される。それでも彼らの、僕らの人生は続いていく。その先には、桜の舞い散る道が続いている。

‥‥余談だが、主人公の名前の読みが僕の名前と同じなので、観ている間、ずいぶん気恥ずかしい思いをした(笑)。