Tag: Japan

差別されて、わかること

ユナイテッド航空がアジア人の乗客をオーバーブッキングだからと機内から引きずり出した事件で、ずいぶんと世の中がかまびすしい。まあ、あれはほぼ間違いなく、アジア人に対する差別行為の一端だと思う。

僕は、今までそれなりに長い時間を旅に費やしてきたこともあって、異国で差別を受けた経験もそれなりにある。アメリカでも、ヨーロッパでも……欧米ばかりだな、あらためてふりかえってみると。つまり、日本人も、欧米諸国ではともすると、差別の対象になりうるということだ。

その時の状況にもよるが、差別をされると、想像以上に精神的に大きなダメージを受ける。差別をした側が想定しているより、それこそ何倍もきつい。だから、差別された時のつらさや痛みは、実際に差別される側に立ってみないと、本当にはわからない。

でも、旅をしていると、差別を受ける回数の何百倍も、心穏やかで優しい人々に出会う。対等な目線で向き合ってくれる人々の素晴らしさに気づくことができる。異国を旅することの一つの大きな意味が、そこにある。

さくら、ひらひら

昨日は昼から代々木公園で、吉田友和さん主催の旅人花見にお邪魔させてもらった。空はどよんと曇っていて、たまに、ぽつ、ぽつと降っていたけれど、花見をするには何とか大丈夫だった。人もそこまでめちゃめちゃ多くもなくて、かえってよかったかもしれない。

桜は、ちょうど満開で、少し強い風が吹くと、ひらひらと白い花びらが舞い落ちてきた。ビールを飲もうとして缶を持ち上げたら、手の甲に花びらがくっついていたり。しばらく待っていると、手のひらの中に、3枚、4枚と集まってきた。そのみずみずしさと儚さに、何だか切ない気分になる。

一年後、またこんな風に、桜の樹の下で花びらを手に取れるといいな、と思う。

社会人になりきれず

今朝、FacebookやTwitterのタイムラインを見ていると、「新社会人」という言葉がたくさん目についた。そういえば今日は、そういう日だったか。

自分が新社会人デビューした頃をふりかえってみると‥‥あれ? 記憶が‥‥まったくない‥‥。

考えてみれば、あの頃の僕は、やることなすことむちゃくちゃだった。大学4年の途中で授業を全部放棄して、1年半の自主休学。とある出版社でバイトをして金を貯め、4カ月間の旅に出て、帰国してからまたバイト。大学6年目にあたる年の春から学校には戻ったが、バイトに明け暮れてろくに授業にも出ないまま、ほうほうのていで卒業。その後も正社員として就職することは一度もなく(「正社員にならないか?」と言われても断っていた)、編プロや出版社でしばらく働いては旅に出る、というのをくりかえしていた。

だから僕の場合、学生から新社会人になった時の境界線が、ものすごくあいまいなのだ。ことによると、未だに真っ当な社会人には、なりきれていないのかもしれない。

でも、まあ、それはそれで、僕にとっては、よかったのかな、とも思う。社会に用意された型に嵌まらない、いびつな存在のままでいられたから。

いちごの味

晩飯の食材の買い出しに近所のスーパーに行った時、何の気なしに、いちごを1パック買った。ついでに練乳も。いちごに練乳をかけて食うなんて、もう、いつ以来だか思い出せない。何十年ぶり、くらいかもしれない。

実家のある岡山は気候が温暖で、果物栽培も盛んだった。子供の頃、果物は当たり前すぎるくらいいつも食卓にあった。マスカットや白桃など、東京で買うと目玉が飛び出るくらい高価な果物も(もちろん地元で出回るずっと安いものだが)、季節になれば毎日のようにぱくぱく食べていた。

いちごも確か、親戚が露地栽培していた記憶がある。子供の頃、収穫の手伝いというか、もいでは食べ、もいでは食べ、していた記憶もある(笑)。あの時食べた、小さないちごの味だけは、今も不思議によく憶えている。すっぱかった。でも、たまらなくおいしかった。お日さまの恵みが、ぎゅうっと詰まったような味だった。

二日連続日帰りで群馬

取材のため、昼から外出。昨日に引き続き、今日も群馬へ。昨日は板倉で、今日は前橋。そういえば、先月は高崎にも行ってたっけ。なんでこんな急に群馬ばっかり行く羽目になっちゃったんだろう。

今日は東京駅から高崎まで新幹線を使えたのだが、それでも家を出てから取材先まで、片道2時間半くらいかかる。群馬自体がどうこうではなく、とりあえず、家から遠いのがつらい。何やってるんだろ俺、と、車窓を流れていく景色を眺めながら、ちょっとたそがれた気分になる。

来週の金曜も、また高崎で取材がある。やれやれである。