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ありのままを

昨日の夜、ラダックガイドブックの初校が上がってきた。紙のゲラは明日届くのだが、一足先にPDFで全体の様子を見渡してチェックしている。

見ていて思うのは、何というか、「ラダックの風息」と同じ気配をまとった本だなあ、ということ。今回の本はガイドブックだから、内容も造りもまったく違うはずなのだが、全体を通じて伝わってくる気配は、まぎれもなく「風息」のものだ。書き手と撮り手とデザイナーが前と同じだから、というだけでは説明できない理由がある気がする。

たぶん、どちらも「ありのままのラダック」を伝えようと悪戦苦闘している本だから、そんな風に感じられるのかもしれない。伝わっているかどうかは、わからない。でも、僕が伝えたいことは、どちらの本にもありったけ、ぶち込んでいるという自負はある。

編集作業も、いよいよ佳境。最後まで気を抜かずに、いい本を作る。

いい仕事への対価

昨日の夕方、ガイドブック制作関連のメールがダダダッと届いて、それに対応するためにあれやこれやと動いていたのだが、どうにか落ちつく。今日は平穏な時間を過ごしている。ふー。

今作っているガイドブックでは、とても有能なスタッフの方々と組ませていただいていて、僕はすっかり大船に乗った気でいるのだが(早いって)、今回はいつにも増して、とても気持よく作業させてもらえている気がする。その理由を考えると、それぞれの作業のスペシャリストががっちりサポートしてくれる体制が整っているからだと思い当たった。編集は編集者さん、デザイン・レイアウトはデザイナーさん、地図製作は地図職人さん、校正は校正者さん、DTP作業と印刷は印刷会社さんといった具合に。

「そんなの当たり前じゃん」と言われそうな気もするが、最近の中小規模の出版社では、出版不況で予算が制約される関係で、編集者が校正まで全部やったり、細かいDTP作業までやったりするのが常態化しているのだ。多少の兼務なら効率化に役立つかもしれないが、大きなボリュームをがっつりとなると、時間的にも質的にも、やはり差が出る。そして、いろいろ兼務させられる編集者やデザイナーも、ギャラの上乗せどころか減額が提示されるという有様(涙)。

いい仕事には、それにふさわしい対価が発生するものだし、それが支払われるのが当然だと個人的には思う。各分野のスペシャリストたちがきっちり報われるような環境作りを、あきらめてしまいたくはない。同じ内容の仕事を昔のギャラの半額でやらせるような出版社の姿勢は、やはり間違っていると思うから。

閉店フェア

昼、外苑前のオフィスで、ラダックのガイドブックの打ち合わせ。僕が書き上げた原稿や写真などのデータ一式をデザイナーさんに渡し、編集者さんや印刷担当の方を交えて、今後の段取りなどを決める。いよいよ佳境に突入といったところ。とにかく、校了まで全力で突っ走るだけだ。

帰りに新宿に寄り道して、今月いっぱいで閉店することになったジュンク堂書店新宿店に行く。店内のあちこちで展開されている「閉店フェア」。書店員さんたちの手書きのポップには、本への思い入れと愛情と、この店を離れなければならない悔しさがにじんでいた。ジュンク堂自体の売上云々ではなく、三越が撤退してビックカメラにビルを一括賃貸するというツマラナイ判断をしたせいなのだから、なおさらだろう。

今、僕が携わっている本づくりという仕事は、本を売ってくれる書店がなければ成り立たないものだ。作り手と、売り手と、そして読み手。すべてが揃って初めて、本という存在が生命を持つ。自分一人の力で生きてるわけじゃないんだということを、忘れないようにしなければいけないな、と思う。

三寒四温

大雪が降ったと思ったら、急に小春日和になり、そして今日はまた冷たい雨。三寒四温というか、一寒一温というか。気温や湿度の上下動が激しすぎて、身体がなかなかついていかない。

ガイドブックの作業は、草稿を編集側でチェックしてもらっている最中で、僕はしばし待ちの状態。時々、地図職人さんから制作中の地図のゲラが送られてくるので、それを細々とチェックしたりはしているが。

まあ、これも束の間の休息で、今月から来月末までは、編集作業をがっつりやることになる。それと並行して、新しいクライアントから依頼されている取材案件もこなさなければならない。その上、ラダック絡みのトークイベントへの出演依頼もされているので、なかなかにハードだ‥‥。

そんなわけで、うっかり風邪とかひかないようにしないと。今日も一富士で金柑を補充してきた。

井の中の蛙

二十代の後半くらいから、僕は雑誌の編集者としてのキャリアを積みはじめた。インターネットの専門誌とか、Macの専門誌とか。フリーになってからは、Webデザインの専門誌の立ち上げに関わったりもした。

専門誌の編集部で働いていると、その分野に関するものすごく密度の濃い情報が集まってくる。そうした情報の海に毎日首元までどっぷり浸かってると、世界がその色に染まっているかのような気分になってくる。スペシャリストとしての知識を貯えるには格好の土壌で、同僚にもそういう人が多かったと思う。

でも、当時の僕は、スペシャリストになるのを無意識のうちに避けていた気がする。知識は身につけるに越したことはないけれど、その分野のスペシャリストであることに満足して、井の中の蛙になってはダメだ。ほかの分野でも対応できるような幅の広さも身につけなければ‥‥と。だから僕は、PC系の雑誌のほかに、広告系やデザイン系、もっと地味な実用書系など、やれる仕事はあまり選り好みせずに挑戦していった。‥‥インドの山奥について書くまで間口が広がるとは思わなかったけど(苦笑)。

ある分野のスペシャリストであることは、編集者やライターにとって強力な武器になる。でも、その分野しかわからないけどまあいいや、と自ら割り切ってしまうのは、自分の可能性をただ狭めているだけだと思う。スペシャリストでありながら、井の中の蛙にならないでいることは十分実現できるはず。そういう意味では、自分はフリーになったことで方向性を限定され過ぎずにすんでよかったな、と思う。

今も、インドの山奥の某地方に詳しくなった自分を、これでよし、とはまったく思っていない。もっと学べること、できることはあるはずだから。