終日、部屋で仕事。書籍の原稿整理の続き。ようやく感じがつかめてきて、徐々にペースが上がってきた。
しかし‥‥やっぱり僕は、編集者には向いてないのかな。単に仕事としてできる、できないということとは別に、根本的に適性がないんじゃないか、と思えてきた。今になって!(苦笑)
自分勝手でいーかげんで、いつもふらふら旅してたい人間なのだ、やっぱり。阿呆は死ななきゃ治らない。
終日、部屋で仕事。書籍の原稿整理の続き。ようやく感じがつかめてきて、徐々にペースが上がってきた。
しかし‥‥やっぱり僕は、編集者には向いてないのかな。単に仕事としてできる、できないということとは別に、根本的に適性がないんじゃないか、と思えてきた。今になって!(苦笑)
自分勝手でいーかげんで、いつもふらふら旅してたい人間なのだ、やっぱり。阿呆は死ななきゃ治らない。
週末ではあるが、昨日も今日も、自宅で仕事。来年の初め頃に発売される予定の、書籍の編集作業。ラダックのガイドブックの時も編集作業を自分で手がけはしたが、編集者として純粋に請け負った仕事ではひさしぶりだ。
この仕事は、版元の編集者さんが企画して著者の方に発注し、原稿整理の段階から編集の実作業を僕が引き継いで行っているという、ちょっと珍しい請け負い方の案件。これまでの作業では僕は関与していないというのが状況をややこしくしていて、実際に原稿整理を進めてみると、仕込み段階での意思疎通の行き違いで、うまくいってない部分がポロポロ出てきている。これはかなり手間取りそうだ‥‥。
まあ、泥沼化してる最前線の塹壕に投入されるのが、傭兵たるフリーランサーの宿命か。粛々とやろう。
夕方、先日急逝した知人の通夜へ。黒いネクタイを締めると、いつも気が滅入る。
棺の中の彼女の顔は、思っていたよりもふっくらとしていて、安らかそうだった。遺族の方から、闘病中の話を聞く。強い薬の副作用で意識が朦朧としていた時も、彼女はずっと、仕事のことばかり気にしていたそうだ。どれだけの責任感を背負って生きてきたのだろう。彼女が最後に手がけた、僕が編集を担当した本をご遺族にお渡しして、彼女の仕事ぶりをお伝えすることができたので、少しだけほっとした。
僕らが積み重ねてきた仕事は、きっと、無駄じゃない。明日からはまた、前を向いていこう。
夜、知人が亡くなったとの報せが届いた。
彼女と最初に会ったのは、十年ほど前。当時、海のものとも山のものともつかない新雑誌の立ち上げで、僕は外部の編集者として、彼女はDTP担当の外部スタッフとして参加していた。月に数十ページに及ぶ担当連載の制作のやりとりをする日々が、数年間続いた。きつい仕事だったと思うが、彼女の作業の速さと正確さは、ほかのどのDTPスタッフよりも抜きん出ていた。ゲラやデータの受け渡しで彼女のオフィスを訪ねるたび、彼女は打ち合わせもそこそこに、楽しげにとりとめのない世間話をしたり、作業が遅れてるほかの編集者への愚痴を愛情半分で話していた。
ラダック取材の関係もあって、僕がその雑誌から離れた後も、彼女との仕事の付き合いは続いた。僕が編集した単行本も、三冊ほど担当してもらった。去年の春にも一冊の単行本のDTPをお願いしたのだが、その打ち合わせでひさしぶりに会った彼女は、びっくりするほどげっそりやつれていた。本人も、人に会うのが嫌になるほど痩せてしまった、とこぼしていた。作業のスピードはあいかわらず速かったが、時々、彼女らしくないケアレスミスが混じっていたのが気がかりだった。
その本の校了間際になって、突然、「ヤマタカさん、あたし、来週から入院することになったんですよ。たぶん、一カ月くらいで出てこれると思うんですけど」と聞かされた。「でも、この本の仕事だけは、ちゃんと終わらせますから、安心してください」とも。その言葉通り、彼女は校了日の午前中にすべてのデータをきっちり入稿し、それからすぐに病院に向かった。本物のプロフェッショナルだった。
入院は、その後一年近くに及んだ。今年の夏には、快方に向かっているから、と退院して自宅療養に切り替えたと聞いていた。それなのに、この報せ。やりきれない。
彼女と僕は、プライベートでもよく顔を合わせるような親しい友人というわけではなかった。だが、本や雑誌を作り上げる仕事の中で、ともに骨身を削り、時にかばい合いながら戦ったという意味では、僕にとって数少ない「戦友」と呼べる人の一人だったと思う。
本当に、ありがとうございました。今は、安らかに。
午後、電車で都心へ。今日はとある出版社で、新しい本の企画のプレゼン。
次に作ろうと考えている本は、出すまでのハードルがかなり高い。企画自体の内容云々より、それが属するジャンル自体が「売れにくい」ので、出版社から敬遠されがちなのだ。企画を提案する側としても、バーッと派手に売れる企画だとは言いにくい。そもそも、この仕事のプロとして、自分でも売れるかどうかわからない企画を提案するのは、間違っているのかもしれない。
しかし、それでも‥‥。
「この本は、出すこと自体に意味があると思うんです‥‥」
話の途中、僕は思わずそう口走ってしまった。すると、出版社の担当の方々は、口を揃えてこう言った。
「‥‥それは当然ですよ!」
何というか、そのひとことで、僕はとても救われた気持になった。売れる、売れないとは別のところで、作りたい、作らずにはいられない本がある。それを追い求めるのは、けっして間違ってはいないのだと。
これからどうなるか、まだ何もわからないけど、がんばろうと思う。