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未だ本を買わず

昨日、ふと気付いたのだが、2026年になって、まだ一冊も、本を買っていなかった。自分でもびっくり。一応、読書エッセイのWeb連載を持ってる物書きなのに(苦笑)。

去年の暮れに今野書店で数冊まとめ買いはしていたのだが、年明け以降は、気になる本を買おうと思っていたタイミング(今野書店のポイント2倍デーなど)で店頭に在庫がなかったり、出先で気になる本があったものの、バッグに買った本を入れる空きスペースがなかったりとか、そんなこんなで買わずじまいになっていたのだった。

その一方で、自宅にある積ん読の本たちを、やおら読みはじめていたりもする。過去何年にもわたる自分的積ん読の象徴的存在だった『白鯨』全3巻を読破して、つっかえが少し取れたのかもしれない。あらためて本棚を見渡してみると、あれも、これも、まだ読んでいない……!と、自分でも結構呆れるくらいの状態なので、当面はこの調子で、自宅の未読の本たちを読もうと思っている。

今の時点でそこまで焦って買わなくてもいい本(人気作家の売れ線の本とか、文庫になってる本とか)は、もうしばらく保留にしておこうかな。中小規模の出版社が出しているよさげな本は、応援も兼ねて早めに買ってあげたいけれど。そういう系統で気になってる本が一冊、もうすぐ店頭に並びそう。買うか(笑)。

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後藤悠樹『チュコトカ 始まりの旅』読了。写真家の星野道夫さんが、カムチャッカでヒグマに襲われて亡くなる少し前に取材していたチュコト半島を、いくつかの偶然に導かれて訪れた写真家の旅行記・写真集。荒野に転がる巨大な鯨の骨の写真に惹かれる。空の澄み渡り方やツンドラの植生は、アラスカとよく似ている気がする。今や外国人が旅することはほぼ不可能になってしまった土地での、貴重な記録。

藤本和子『リチャード・ブローティガン』読了。早逝した一人の作家が遺した作品群の評伝として、彼の生涯を辿るノンフィクションとして、彼の作品の翻訳者であり友人でもあった著者からの鎮魂の文章として、他に類を見ない秀逸さを持つ一冊。この本を読んでブローティンガンの生い立ちの背景を知ると、初読では破天荒にも思えた『アメリカの鱒釣り』の文章の解像度がぐっと上がる気がして、再読したくなる。同じ書き手としてちょっと羨ましくなるほど、すごい本だった。

シルヴィア・プラス『メアリ・ヴェントゥーラと第九王国』読了。『ベル・ジャー』を読んだ時もそう感じたが、シルヴィア・プラスの文章は、えぐい場面を描いてる時でさえ、本当に美しい。水面で跳ねる水滴が、陽の光を受けて、きらきら輝くように。この本に収録された短編の中では、訳者の柴田元幸先生もベストと書かれていた『ブロッサム・ストリートの娘たち』が特に印象に残った。

稀な読書体験

ハーマン・メルヴィル『白鯨』上中下巻、読了。巨大な白鯨モービィ・ディックと隻脚のエイハブ船長の物語のあらましは、あまりにも有名なので子供の頃から知ってはいたが、原作自体を通読したことはなかった。しかし、まさかこれほどの「怪作」だとは、想像もしていなかった。

不安定にうつろう語り手、ツギハギのプロット、寓意に満ちた大仰な台詞、そして必要以上にテンコ盛りの鯨と捕鯨にまつわる(いささか上から目線の)うんちく。捕鯨船での自身の経験と寄せ集めた知識をありったけの情熱とともにぶち込んだ、メルヴィルの乾坤一擲の力作だったとは思うのだが、とにかく長いし、正直、途中から「何なんだこいつ……」と呆れながら読んでいた(苦笑)。

とはいえ、最終盤のピークオッド号とモービィ・ディックの激闘の描写は凄まじかったし、色んな意味で忘れられない読書体験にはなった。人生で一度くらいは、挑んでみてもいいかもしれない作品。

こういう、難解というか手強い大作に、今後も気が向いたらチャレンジしてみようかな。まだ読めていない古典の名作は、山ほどあるし。悪戦苦闘しながら読むのも、読書の愉しみの一つなのだろうし。

拙著6作品の電子書籍化のお知らせ


これまで紙の書籍のみで販売されていた拙著の6作品が、いっせいに電子書籍化されました。AmazonのKindleのほか、主要な電子書籍プラットフォームで販売を開始しています。

『ラダックの風息 空の果てで暮らした日々[新装版]』

『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』

『雪豹の大地 スピティ、冬に生きる』

『ラダック旅遊大全』

『インドの奥のヒマラヤへ ラダックを旅した十年間』

『旅は旨くて、時々苦い』

紙の書籍は置き場所がかさばるので……と、これまで二の足を踏まれていた方、もしいらっしゃいましたら、この機会にぜひ。

再読の日々

六月頃からひっきりなしに稼働し続けていたエアコンも、ようやく出番がなくなってきた。ガーゼの肌掛けが掛け布団になり、部屋着がTシャツと短パンから長袖スウェットの上下になり、朝のコーヒーがアイスからホットになり、近所を出歩く時の靴がサンダルからスニーカーになった。マンションから外に出ると、金木犀の匂いがふわりと漂っていた。やっと、秋らしくなった。

金子書房のnoteで、「流離人の耽読」という読書エッセイの連載を始めた。その準備の関係もあって最近は、本を読んでは連載の原稿を書くという、今までにないルーティンで仕事をしている。これが、思いのほか新鮮で、面白い。基本的に月二回更新なので、読んで、書いて、また読んで、と結構せわしなくて大変ではあるのだが、今まで書いてきた紀行文とはかなり違うスタイルの文章に挑戦していることもあって、充実感がある。何事もやってみるものだな、と思う。

連載の性格上、エッセイで取り上げるのは、かつて何度か読んだことのある本の再読である場合がほとんどなのだが、ひさしぶりに再読すると、当時心を動かされた言葉に再会してまた感動したり、以前は気付かなかったことにふと気付いたり、いろいろな発見がある。本を読むという行為自体の面白さも、再発見できているような気がしている。

せっかくの取り組みなので、がんばって、できるだけ長く連載を続けていければ、と思っている。

近所の図書館

この間、近所の図書館に行って、本を借りた。仕事で、二冊ほど児童書に目を通さなければならなくなり、カーリルで調べてみたら、家から一番近い図書館に在庫があるとわかったので。

家から歩いて15分ほどのところにあるその図書館を利用したのは、今回が初めて。図書館自体を利用したのも、ずいぶんひさしぶりだ(ラダック関連の資料本など図書館にはまずないし、そうした本自体、自分の書いた本以外にあまりないし)。平日の午前中でも、意外に利用者がちらほらいる。必要な本はすぐに見つかった。館内のパソコンで利用者登録をして、バーコードの付いた利用者カードを作ってもらう。本を貸し出してもらう時の手続きも、バーコードでピッピッ、とすぐに終わる。昔、学校にあった図書館の本には、表3の見返しの部分に手書きで記入する貸出カードを入れる紙ポケットがついていたが、ああいうのはもうないのだろうか。

近所の図書館、自分が興味を持てそうな本がもう少しあれば、引き続き利用してみたい気もするのだが、それには蔵書数が少々心もとない印象。これからしばらくの間、仕事でいろんな本に目を通すことになりそうなので、ドンピシャで在庫があれば、その時はまた……という感じかな。

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栖来ひかり『時をかける台湾Y字路 記憶のワンダーランドへようこそ』読了。台北を中心に著者自らが足で探し出した数々のY字路のルーツを、古地図や資料と重ね合わせながら紐解いていった、不思議な雰囲気の街歩きガイド。よく調べて書かれていると思うが、先に台湾で刊行された本をもとに日本オリジナル版として作ったからか、台北各地の地名などがある程度頭に入っていないと、少々とっつきにくいかなと思う(僕自身も苦戦した)。台湾が好きで何度も訪れている人には、ちょうどいいのかもしれないが。