草稿完成

今取り組んでいる本の草稿を、昨日の夕方、ようやく最後まで書き上げた。文字数は11万字超。ページ数は200ページを少し超えるくらい。

正直、ものすごく、ほっとした。もちろん、これから推敲と細かい修正を時間をかけてやっていかなければならないし、写真のセレクトや台割の調整も大変なのはわかっているのだが、とりあえず、土台となる草稿が最初から最後まで揃っている、という安心感は大きい。昨日までは物書きとしての感覚で取り組んでいたけれど、今日からは編集者目線での取り組みに移行していくことになる。

あー、それにしても、本当にほっとしたなあ。僕にとっての「書く旅」が終わってしまったことに、一抹の寂しさはあるけれど。

この一行のために

夏からずっと取り組んでいる本の草稿の執筆も、そろそろ終盤に差し掛かってきた。

今日は、この本の中で、一番大切な部分の文章を書いた。全体を書き始める前から常にイメージし続けていた文章だし、そもそも現地で取材していた時から「この話は、何が何でも書かねば」と思い詰めていた文章でもあった。この本を作るというプロジェクトそのものを、僕に決意させた文章だ。

書く作業自体には、何の迷いも苦労もなかった。頭の中で、長い間、ずっと思い浮かべてきた文章だったし。でも、慎重に書き終えて、読み返して確認し、形を整え終えたとたん、ほっとして、かくっ、と力が抜けてしまった。ようやく、これを書くことができた。この一行のために、ここまで10万字以上、積み重ねてきたのだ。

本全体を締め括るまで、あともう数千字から1万字くらいは書かなければならないし、その後は果てしのない推敲作業が待っている。台割も確定させて、写真を膨大な数の中からセレクトしなければならない。編集作業、校正作業、色校チェック……道程は、まだまだ遠い。

でも、今日はもういいや。力が抜けた。今夜は寝る前に、ボウモアでオンザロックを作って、ちびちび啜ろうと思う。

「ウスタード・ホテル」

9月のインディアン・ムービー・ウィークで気になってたものの、時間が取れなくて見逃していた、マラヤーラム映画「ウスタード・ホテル」。新宿ピカデリーで再上映されると聞いて、今度こそは、と無理やり都合をつけて観に行った。

幼くして母を亡くし、4人の姉に囲まれて育ったファイジは、料理が好きで、シェフになるのを夢見ている。彼に実業家の道を歩ませたい父親に嘘をつき、留学先のスイスで料理を学び、ロンドンのレストランでの就職も決まっていた。しかし、故郷のインドに一時帰国した時にその嘘がばれ、父親にパスポートとカードを取り上げられてしまう。行き場に困ったファイジは、海辺で安食堂を営む祖父の元に身を寄せるが……。

この作品、とにかく、ビリヤニに尽きる。独特のレシピで作られるマラバール・ビリヤニが、もう、ほんとに、めちゃくちゃうまそうで。それが画面を通してグイグイ伝わってきて、台詞だけでは伝わらない説得力を映画に持たせている。物語としては正直、練り込みが甘いんじゃないかという部分、展開を端折りすぎなんじゃないかという部分もちらほらあるのだが、ビリヤニをはじめとするウスタード・ホテルの料理の説得力がすごくて、それで帳消しになっていた感もある。逆に言えば、たとえば敵役に窮地に追い詰められてからの逆転の展開などを、もっと料理そのものに軸を置いたアイデアにした方が、この映画のテーマにより近い仕上がりになったかもしれない、とも思う。

「腹を満たすだけの料理は誰にでも作れる。でも、心を満たす料理は本物の料理人にしか作れない。それには、最高のスパイスが必要なんだ」という意味だったと思うのだが、カリームじいさんのこの台詞がカッコよくて、思い返しても、しみじみしみる。

イッツ・ア・スモール・ワールド

僕が台所で使っているキッチンタイマーは、かれこれ10年以上前に買ったものだ。電卓のような形をしていて、調理中でも指一本で時間を入力できるし、正確に時間を測れるので、ずっと気に入って使っていた。

タイマー音は何種類かの中から選べたようなのだが、僕は特に理由のないまま、ずっとデフォルトの「イッツ・ア・スモール・ワールド」にセットしていた。別に何の思い入れもなかったけれど、いつのまにかあの曲は、僕が自炊する時の一種のテーマソングみたいになっていた。

そのキッチンタイマーが、数日前から少しずつ変調をきたしはじめた。「イッツ・ア・スモール・ワールド」のメロディが微妙にピロリッと調子はずれになったり。で、今日の夜の調理中、カレーを煮る時間をセットしておいたら、「イッツ・ア・スモール・ワールド」が上に下にめちゃめちゃ調子はずれな感じで鳴りはじめ、しかも、いくらボタンを押しても音が止まらない。強烈にマッドネスなメロディがヒステリックに鳴り響き続ける。だめだ。完全に壊れた。ホラーだ。

あわてて裏蓋をこじ開け、電池を外すと、キッチンタイマーはようやく沈黙した。長い間、おつかれさん。新しいの、買ってこなくては……。

「ジェントルマン」

ここ最近、仕事で根を詰め続けてるので、息抜きがしたくなって、今日はオフ。キネカ大森にインド映画「ジェントルマン」を観に行った。

マイアミで大企業の営業担当として働くゴーラブは、イケメンで仕事もできるけれど、あらゆることに安定志向で、ガールフレンドのカヴィヤにも退屈がられている。一方、インドでは、彼と瓜二つの顔を持つ男リシが、政府の秘密組織の工作員として、苦悩を抱えながらも暗躍していた。ゴーラブとリシをめぐる謎。彼の正体とは……。

今日は本当に、頭を完全にカラッポにして、何にも考えずにスクリーンを見続けて、あー、すっきりした!と思いながら映画館を後にしたかったので、実際にその通りの気分を味わうことができて、満足。物語としては、ゴーラブとリシをめぐる謎がこの作品最大の仕込みどころで、その後はどうやって話をうまく畳むか、作り手もちょっと悩んだのではないかなと思う。アクション映画にしては、主人公が絶体絶命のピンチに追いやられる場面はほとんどなくて、良くも悪くも危なげなさすぎたし、悪役たちの店じまいのされ方も、至極あっさりしていた印象だった。

でもまあ、いいか。すっきりしたし。これはそういう楽しみ方をする映画だと思う。こういう映画も、あっていい。