カタギでない世界

昼、行きつけの理髪店で、二カ月ぶりの散髪。バリカンで、6mmの短さで刈り上げてもらう。まだまだ暑いし。

このお店には、もう思い出せないくらい昔から通っていて(たぶん十五年か、それ以上)、店主さんやスタッフさんともすっかり顔馴染みだ(僕の素性もだいたいバレている)。それもあってか、僕が散髪に訪れると、店主さんはほかのお客さんにはあまりしてなさそうな、いろんな話をしてくれる。彼自身はカタギの理容師だが、どういうわけか、カタギでない人々と非常に幅広い交友関係を持っているそうで、ぶっちゃけ、ここには書けないような話ばかりしてくれる。今日の話も、聞いている分には興味深かったけど、あまりにもきわどすぎて、ここにはとても書けない(苦笑)。

世界は、僕が思っているより遥かに広いのだなあ、と散髪に行くたびに思い知らされるのであった。

———

川内有緒『空をゆく巨人』読了。インド取材の初日、デリー空港の乗り継ぎ待ちで読み始めたら止まらなくなり、レーに着く前に読み終わってしまった。志賀忠重さんと蔡國強さん、そして二人を取り巻く人々の生き様と、我々自身とも深く関わってくる未来に向けての熱い物語。

カート・ヴォネガット・ジュニア『タイタンの妖女』読了。ザンスカールで橋が壊れて、パドゥムで足止めを食った時に読んだ。有名な作品なので期待してたのだが、自分には「人を食ってる度」が強過ぎたというか、登場人物の誰にも感情移入できなくて、読んでてちょっとしんどかった……。上手いのはわかるのだが。

勘が戻る

昨日の朝、インドから帰国した。PCR検査の結果次第では飛行機に乗れない可能性もあったのだが、どうにか無事にクリア。到着時の検疫手続きは、空港内をほぼ一周するくらい歩き回らされて、本当にめんどくさかったけど。出入国前のPCR検査義務も、来月上旬からは撤廃されるらしい(ワクチン接種証明はいるが)。結果的にレアな体験になったのかもしれない。

今回のインド取材、始めたばかりの頃は、細かい部分で旅の所作というか勘が戻らなくて、ちょっと戸惑った。英語での簡単な受け答えがすぐに口に出てこなかったり、ちょっとした荷造りに妙に手間取ったり、割と大事なものごとをうっかり忘れそうになったり。ただ、そうした違和感もしばらくするとなくなって、旅の日々が心身にしっくり馴染むようになった。なまっていた身体も、荷物を担いで旅するうちに、ぴりっと締まって、思い通りに動かせるようになったし。

ああ、これが、本来の自分だったなあ、とあらためて思う。やっぱり、旅をしてなければ、僕は僕じゃない。

旅が始まる

そんなこんなで(どんなこんなだ)明日から、約1カ月半、インドに行くことになった。

目的は、来年以降に出すことが決まっている、新しい本を作るための取材。最初にデリー経由でラダックに入って、その後はひたすら、陸路で移動しながら取材をして回る予定。どこもそれなりに土地勘はあるが、新しく開通したばかりのルートも通るし、コロナ禍の影響でいろいろ勝手が変わっていることもあるだろうしで、気は抜けない。

コロナ禍も、日本では第7波が始まっているようだし、インドでも今後どうなるかはわからない。まあ、今やインド国民のほとんどが抗体を持っているらしいという説も、あながち眉唾とも思えないふしもあるが……。用心するに越したことはない。帰国してからも、仕事の予定はいろいろ詰まってるし。

ともあれ、いよいよ、旅が始まる。いってきます。

Aside

暴力は結局、関わるすべての人を滅ぼしてしまう。
それを防ぐために人が編み出した手段が、司法であり、政治であり、民主主義なのだと思う。
我々は今、人としての原点に立ち戻らなければならない。

『旅は旨くて、時々苦い』

『旅は旨くて、時々苦い』
文・写真:山本高樹
価格:本体1200円+税
発行:産業編集センター
B6変型判240ページ(カラー16ページ)
ISBN 978-4-86311-339-8
配本:2022年9月中旬

異国を一人で旅するようになってから、三十年余の日々の中で口にしてきた「味の記憶」を軸糸に綴った二十数篇の旅の断章が、『旅は旨くて、時々苦い』という一冊の本になりました。一部の書店では、特製ポストカード2種1組とセットにして販売されます。ポルべニールブックストアでは、サイン本と特製ポストカードのセットを店頭とWebショップで販売していただく予定です。よろしくお願いします。