Category: Review

関健作「ブータンの笑顔 新米教師が、ブータンの子どもたちと過ごした3年間」

関健作「ブータンの笑顔 新米教師が、ブータンの子どもたちと過ごした3年間」写真家の関健作さんと先日開催したモンベル渋谷店でのトークイベントの日は、関さん初の著書「ブータンの笑顔 新米教師が、ブータンの子どもたちと過ごした3年間」の発売日でもあった。発売までの紆余曲折をそこはかとなく聞いていたし、刷り上がりがイベント当日に間に合うかどうかも心配していたのだが、間に合ってよかった。イベント会場でも、大勢のお客さんが嬉しそうにこの本を買い求めていた。

関さんは青年海外協力隊の体育教師として、ブータン東部の辺境の地、タシヤンツェで三年間を過ごした。160ページの小ぶりなこの本には、関さんのその三年間の経験が、たくさんの写真とともにぎゅっと凝縮されている。日本とはあまりにもかけ離れた文化と価値観に戸惑い悪戦苦闘するうちに、関さん自身も、教え子の子供たちも、少しずつ変化していく。うまくいったことも、そうでなかったことも、関さんらしい真っ正直な文章で綴られているので、とても好感が持てた。

学生時代、陸上競技ひと筋で生きてきた関さんが挫折を味わい、新しい生き方を模索している時に、こういう形でブータンと関われたのは、とても幸せなことだったのではないかと思う。自分一人で完結する願望や満足のためではなく、その先につながる誰かのために何ができるのかを考えて生きるということ。ブータンから戻ってきた関さんが、写真家としてブータンと向き合う道を選んだ理由も、この本を読むと腑に落ちる。僕自身、かつて陸上競技で大きな挫折を経験したり、ラダックと関わって価値観や生き方が変わったりもしたから、共感できる部分もたくさんあった。

この本は、関さんにとってのひと区切りであると同時に、最初の一歩でもある。写真も、言葉も、これからもっともっと積み重ねられるはず。その先につながる誰かのために、これからもブータンと向き合い続けてほしいと思う。

「サニー 永遠の仲間たち」

「サニー 永遠の仲間たち」

先日観た「きっと、うまくいく」についてのWeb上での反応を見ていたら、かなり多くの人が、この「サニー 永遠の仲間たち」と比べて感想を書いていた。僕もこの映画の予告編を目にした記憶はあったのだが、本編は見逃してしまっていたので、Apple TVで借りて観てみることにした。

「セブン・シスターズ」とは、韓国ではトラブルメーカーの高校生を意味する隠語なのだという。この映画の七人の主人公たちは、文字通りのセブン・シスターズ。ラジオ番組から「サニー」というグループ名をつけてもらった七人は、向かうところ敵なしのハチャメチャに楽しい日々を過ごしていた。ある事件が起こるまでは‥‥。それから25年。余命二カ月の末期ガンに侵された元リーダーのチュナは、病院で偶然再会した仲間のナミに言う。「死ぬ前にもう一度、サニーのみんなに会いたい」と。

1980年代と現代のソウルを行き来して展開されていく物語。記憶の中の日々は明るい色彩と輝きに満ちていて、誰もが希望にあふれた人生と、変わることのない友情を信じて疑わなかった。散り散りになっていた今の彼女たちは、それぞれの事情やしがらみのせいで、必ずしも思い描いていた人生を歩めてはいない。それでも、チュナの呼びかけをきっかけに、彼女たちは気づくのだ。もう一度、なろうと思えばなれるのかもしれない。自分自身の人生の主役に。

チュナの余命という重い軸はあるものの、80年代のポップ・チューンに彩られたこの作品のトーンはとても軽やかで、コミカルな場面もたくさんある。だからこそ、観ていて余計にせつなくなる。もう、取り戻すことのできない時間。それでも、彼女たちは軽やかにステップを踏む。何度も、何度でも。

「きっと、うまくいく」

「きっと、うまくいく」(3 Idiots)

昨日は、映画「きっと、うまくいく」(3 Idiots)を観に行った。上映終了後にいとうせいこうさんとスチャダラパーのBOSEさんのトークショーがある午後の回を狙っていたのだが、先週末に公開されて以来のクチコミ人気の異様な盛り上がりに加え、上映館のシネマート新宿は月に一度の1000円サービスデー。うかうかしてると絶対に席が取れないと思ったので、午前中のうちに早めに家を出て、無事に狙った回の中央前よりの席をゲットした。案の定、その回も次の回も立見が出るほどの盛況だったとか。

この作品のレビューは以前ラダックの知人宅で英語字幕版を観た後にも書いたけれど、今回日本語字幕で観たことで細かい台詞にも張り巡らされた伏線を理解できて、あらためていろいろ腑に落ちた。台詞が(特に日本語字幕にすると)どぎついところや演出がベタすぎるところもあるのは確か。ケチをつけたくなる映画ファンがいるのもわかる。でも、そういうもろもろを含めての振り切ったイキオイのようなものが、この作品の魅力なのだと僕は思う。観客の喜怒哀楽の感情を上下左右ぐわんぐわんに揺さぶって、最後の最後にラダックの荒野からパンゴン・ツォの青へと突き抜けるのだから、観終えた後の爽快感も納得だ。

僕も、世間にとらわれず自分らしく生きることを、もう一度思い出そう。Aal Izz Well。

「シュガーマン 奇跡に愛された男」

「シュガーマン 奇跡に愛された男」

1970年代初めにデビューしたデトロイト生まれのミュージシャン、ロドリゲス。当時のアメリカ社会をリアルに捉えた歌詞と音楽性から、ボブ・ディランとも比較されるほど将来を嘱望されていたが、発売した二枚のアルバムは、セールス的には惨敗。レコード会社との契約も打ち切られ、ロドリゲスは表舞台から姿を消す。しかし彼のアルバムは、なぜか遠く離れた南アフリカで、アパルトヘイトに抵抗する若者たちの思いを代弁する音楽として大ヒット。それから数十年後、南アフリカのロドリゲスのファンたちは、死亡説も囁かれていた彼の消息を辿りはじめる‥‥。

シュガーマン 奇跡に愛された男」は、文字通り、嘘のような本当の話を題材にした、爽快なドキュメンタリー・ムービーだった。南アフリカのファンたちがロドリゲスを探し当てた後に起こった奇跡のような展開はもちろん感動的だったけれど、個人的には、彼の娘たちが語ってくれた、表舞台から降りた後のロドリゲスの人生の物語に胸を衝き動かされた。本当に実直に、誠実に、淡々と積み上げていった人生。南アフリカでのフィナーレは、道を踏み外すことなく丁寧に生き続けた彼が当然報いられるべき結果だったのだと思う。

この世界には、こんな人がいるのだな。捨てたもんじゃない。

「恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム」

「恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム」

今日は取材に行く予定が先方の都合でキャンセルになったので、先日封切られたインド映画「恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム」を観に行くことにした。シネマライズは火曜がサービスデーらしく、1000円。ラッキー。

オーム・シャンティ・オーム」を観るのは、これが二度目。最初に観たのは、ラダックで長期滞在していた頃、ノルブリンカ・ゲストハウスの台所にある小さなテレビでだった。僕はヒンディー語がほとんどわからなかったし、英語字幕もなかったのだが、それでもストーリーがまるっと理解できてしまうくらい、この映画は単純明快でわかりやすい。ただ、日本語字幕がついたことで、前半の台詞に張られた伏線が理解できて、いろいろ腑に落ちたのはよかった。

もはや説明不要のボリウッドのスーパースター、シャールク・カーンは、安定感抜群のエンターティナーぶりを発揮しているし、この作品がデビューとなったヒロイン、ディーピカー・パードゥコーンの燦然と輝く美しさには、客席の女性たちからもため息が漏れていたほどだった。華やかで、可笑しくて、大げさで、切なくて‥‥そして観終わった後、ものすごくすっきりして気持いい。まさにイマドキの正統派ボリウッド娯楽映画だと思う。

自分でも可笑しかったのが、この映画を観ていて、やけに気分が落ち着くというか、ホームゲームのような居心地のよさを感じたということ。何なんだろう、この安心感は(笑)。インドとラダックで過ごした穏やかな日々を、どこか思い出していたのかもしれない。