Category: Review

「Fanney Khan」

デリーから成田までのエアインディアの機内で観た2本目の映画は「Fanney Khan」。アニル・カプール主演、アイシュワリヤー・ラーイ、ラージクマール・ラーオという楽しみな配役。

かつて「ファンニー・カーン」という歌手としてステージに立っていたプラシャント。今は歌手の道をあきらめ、年下の同僚アーディルとともに町工場で働いている。娘のラタも歌手を目指しているが、ふくよかな体つきが邪魔をして、なかなか世間に認めてもらえない。プラシャントは何とか金を工面して、ラタのデビュー・アルバムの制作費に充てようと考えているが、オーナーが夜逃げした町工場は閉鎖され、職を失った彼は昔の友人のつてを頼って、タクシーの運転手に身をやつす。そんなプラシャントの目の前にある日突然現れた、女性トップアイドル歌手、ベイビー・シン。彼はたまたま持ち合わせていた睡眠薬を使って彼女を誘拐し、ラタが歌手デビューするための交渉材料にしようとするが……。

「娘を歌手デビューさせるためにトップアイドル歌手を誘拐する」という設定がこの作品の特徴であり売りでもあるのだが、まあ普通、誰がどう考えても無理筋なわけで(苦笑)、リアリティはまったくといっていいほど感じられない。でも、そのあたりのことに目をつぶって、スラップスティックで人情味もあるコメディとして観てみると、個人的には実は結構楽しめた。音楽も悪くなかったし。それでもまあ、特にクライマックスの方では、さすがにそれはないやろ、というツッコミどころがありまくりだったけど。

こんな映画があっても、まあいいか、と鷹揚な気分になれる作品だった。

「Qarib Qarib Singlle」

この間、デリーから成田までのエアインディア(14時間ディレイ)の機内で観たインド映画、1本目は「Qarib Qarib Singlle」。名優イルファン・カーンと、日本でも公開されたマラヤーラム語映画「チャーリー」でヒロインを演じたパールヴァティが主演するロードムービー。パールヴァティは35歳の未亡人ジャヤ、イルファンは謎の詩人(笑)ヨギ。どちらもキャラが立っていて、らしい演技をしていたとは思う。

ただ、そもそもの事の成り行きというか物語の設定に、少々無理がある。出会い系サイトで知り合った後、ヨギが昔付き合っていた女性たちを訪ね歩く旅に、ジャヤはついていくことになる、という。ヨギが飛行機に乗り遅れたり、反対方向の列車に乗ったり、ジャヤの着替え中に部屋に入ってしまったりというロードムービーのお約束的なドタバタ展開が織り交ぜられてはいるが、この旅のそもそもの成り行きが無理筋っぽいため、せっかくの二人の個性的な演技が、もったいない感じになってしまっていた。リシケーシュやシッキムなど、インドのロードムービーとしては割と面白い場所を巡っていただけに、なおさら。

ただ、ラストシーンは、個人的にとても好きな雰囲気で、それでかなり取り戻した感があった。ロープウェイ。僕は映画でロープウェイが出てくる場面が好きだ。事故か何かで宙づりになったりするのは別として(笑)。

「あなたのスールー」

1月に成田からデリーに向かうエアインディアの機内で観たインド映画、3本目はヴィディヤー・バーラン主演の「Tumhari Sulu」。2018年のIFFJで「あなたのスールー」という邦題で上映された作品。当時、僕はタイ取材の真っ只中で観ることができず、年末年始のキネカ大森での再上映ラインナップにも入ってなかったと思うので、今回が初見だった。

才気はありながらも専業主婦の立場に甘んじているスールーは、ひょんなことからラジオ局のDJのオーディションを受けることに。深夜枠の番組を担当することになった彼女は、そのセクシーボイスとリスナーとの気の利いたやりとりで、瞬く間に人気DJになる。しかし、仕事で苦労する夫や、スールーの人気ぶりを快く思わない周囲の親戚、学校で問題を起こしてしまった息子など、次から次へとトラブルが起こり……。

この作品、何と言っても、ヴィディヤーの演技が最高。美人といえば美人だけど、ちょっとふっくらした体型と物腰が専業主婦のリアルな雰囲気をよく出していて、そこからの深夜番組DJとしての芝居がかった超セクシーボイスのギャップがすごい(笑)。こんな振れ幅のある演技を苦もなくこなせるのは、彼女しかいない。

女性の自立や社会進出というテーマはインド映画でも最近よく取り上げられるが、この作品では単なるサクセスストーリーとしてはなかなかうまく事が運ばない、社会との関わりのしちめんどくさのような面もよく描かれていた。おとぎ話のようなところもありつつ、でもリアルなほろ苦さもあり、いろんな面から楽しめる作品だと思う。

「Tiger Zinda Hai」

今から約6年前、日本でのインド映画人気再燃のきっかけを作った「きっと、うまくいく」とともに、「ボリウッド4」のラインナップの一つとして日本で公開された「タイガー 伝説のスパイ」。2017年暮れにインドで公開されたその続編が「Tiger Zinda Hai」だ。今年1月にインドに行く時、エアインディアの機内でこの作品を観ることができた。

「タイガー 伝説のスパイ」は、サルマン・カーン演じるインドの凄腕スパイ、タイガーが、任務の中でカトリーナ・カイフ演じるパキスタンの女性スパイ、ゾーヤーと出会って恋に落ち……という物語。僕も公開当時に観たのだが、いい意味でインド映画ならではの余裕と遊び心のあるスパイ・アクションという印象で、かなり楽しめた記憶がある。「Tiger Zinda Hai」は、その前作の8年後という設定。イラクでイスラーム武装組織によって病院に監禁されたインド人看護師グループを、米軍の空爆が実施される前に救出するため、世間から姿を消していたタイガーとゾーヤーが印パ混成の救出チームとともに現地に潜入する……というストーリーだった。

前作に比べると物語はほぼ完全な一本道で、とてもソリッドなスパイ・アクションに仕上がっている。サルマンやゾーヤーの立ち回りもさすがという感じで、アクション映画としては何の不満もない、スカッとする出来だ。ただ、インド映画らしさという点では、前作に比べるとストイックすぎて遊びの部分がなく、やや寂しい印象も残る。あと、タイガーとゾーヤーの強さが今回もチートすぎるので、もっと強力な敵役が出てきてもよかったのでは、という気もした。

ともあれ、興行的には2作品とも大成功だったそうなので、たぶんまた続編が作られるんじゃないかな、と思う。

「Padmaavat」

1月に成田からデリーに向かうエアインディアの機内で最初に観た映画は「Padmaavat」。サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督、ディーピカー・パードゥコーンとランヴィール・シンという組み合わせの作品は、「銃弾の饗宴 ラームとリーラ」「バージーラーオ・マスターニー」に続いて3作目。13世紀から14世紀頃のラージャスターンのメーワール王国を舞台にして後世に書かれた、パドマーヴァティという伝説的な存在の王妃の物語を題材にしている。スリランカからメーワール王国に嫁ぐパドマーヴァティをディーピカー、彼女を娶るラージプート族の王ラタン・シンをシャーヒド・カプールが演じ、ランヴィールはメーワール王国を襲うハルジー王朝のスルターン、アラーウッディーン・ハルジーを怪演している。

「Padmaavat」では前の2作品にも増して、バンサーリー監督の映像美へのこだわりがとことん突き詰められている。隅から隅まで1ミリも隙のない、凄まじい完成度。そんな画面をじっと見ていると、視覚も聴覚も吸い取られて、脳天までジンジンと痺れてくるような感覚に陥る。ランヴィールのどす黒い狂気に満ちた演技にさえ、ある種の美しさを感じてしまうほど。ただ、インドではあまりにも有名な伝説が題材ということもあってか、それぞれの登場人物の存在感が現実味に欠けるというか、親近感を感じるには遠すぎる存在であるようにも思えた。それは前の2作品とも共通する点ではあるが。

この作品、2017年の暮れにインドで公開される予定だったのだが、公開前から「パドマーヴァティとアラーウッディーンが恋に落ちる内容なのでは?」といった根拠のない噂がいろいろ流れ、ラージプートの団体などから猛烈な反発があって、公開が2カ月ほど延期された。監督や主演のディーピカーに対する脅迫行為もあったという。結局、公開後に作品の内容が明らかになると、そうした反発が的外れなものだったことが証明されたのだが。インドという国では、時々、こういうわけのわからない理不尽なことが起こってしまう……。

ちなみに、少し前から交際していたディーピカーとランヴィールは、2018年の暮れにめでたく結婚。過去3作品の映像に負けないくらい、圧倒的に美しい二人の結婚式の写真が、InstagramやTwitterにたくさんアップされていた。映画の中で、アラーウッディーンはパドマーヴァティの姿をひと目見ることすら叶わなかったのだけれど、現実世界の二人は、幸せに添い遂げられて、よかった。