Category: Review

「無職の大卒」

インディアン・ムービー・ウイーク2020で観た3本目の作品は、ダヌシュ主演のタミル映画「無職の大卒」。彼にとって25本目の出演作で、自身でプロデュースも手がけたらしい。

大学で建築を学んだものの、意中の就職先がなかなか見つからないラグヴァランは、何かにつけて先に就職した弟と比べられ、肩身の狭い毎日。隣の家に越してきたシャーリニに好意を抱くが、歯科医で高収入の彼女にも引け目を感じている。そんな中、思いがけない出来事がいくつも起き、彼は、スラムの人々が暮らすための公共住宅の建設の仕事に関わることになるのだが……。

この作品、ダヌシュ演じる主人公ラグヴァランの(がんばってるんだけど)ダメっぷりが描かれる前半と、敵役との対決が繰り広げられる後半とで、別の作品と言っても通用するくらい趣が異なる。とはいえ、物語全体はシンプルでわかりやすかったし、後半のラグヴァランの危機に「無職の大卒たち」が集うシーンは胸熱だった。ダヌシュ自身の演技も、ダメ男っぷりも、キメる時はキメる男っぷりも、どちらも彼らしくぴたっとハマっていた。ただ、個人的には、ラグヴァランが無職の身からステップアップしていく過程が「それってタナボタじゃね?」的なパターンの連続だったので、もうちょい彼自身の奮闘が目に見える形で報われるような展開だともっとよかったのに、と思った。

物語の最後は、あの人はどうなるんだろとか、あれはどうなったんだろとか、結構いろんなポイントが放置されたまま終わってしまったので、ちょっとびっくりしたのだが、この「無職の大卒」、続編がインドではすでに公開されていた。続編の敵役は、カージョル! かなり観てみたくなった。

「ストゥリー 女に呪われた町」

キネカ大森で開催中のインディアンムービーウィーク2020で観た2本目の映画は、「ストゥリー 女に呪われた町」。「インド・オブ・ザ・デッド」のラージ&DKがプロデュースを務めるホラーコメディで、出演はラージクマール・ラーオとシュラッダー・カプール。この組み合わせにはかなり興味を惹かれた。

舞台はインド中部の町チャンデーリー。この町では、毎年行われるドゥルガー・プージャーの時期になると、ストゥリーと呼ばれる女の幽霊が夜な夜な現れて、町の男たちをさらっていくと恐れられていた。祭りの時期にさしかかったある日、仕立て屋の一人息子ヴィッキーは、一人の謎めいた女性から、服の仕立てを依頼される。女性に免疫のないヴィッキーはすっかり彼女に惚れ込んでしまうが、彼女が町に現れたその日の夜から、町の男が一人、また一人と行方不明になって……。

ホラー映画にしてはそこまで怖くはないし、サスペンス映画にしてはそこまで鮮やかな謎解きもない。スリリングと呼べるほどスピーディーな展開でもないし、ドラマチックと呼べるほど感動的な場面もない。インドの田舎町特有ののほほんとした雰囲気の中で、田舎者の男たちと正体不明の女性との物語が、のんびり、ゆったり語られていく。ここがすごい!と思えるポイントはどこにも見当たらないのだが、それでいて、観ていると……面白いのだ。何がどうとははっきり説明できないのだが、最初から最後まで、ずーっと気になって、引き込まれてしまう。このゆるゆるホラーコメディの作り手と役者たちの狙いに、まんまとハメられてしまった。

たぶんこの映画の作り手たちは、自分たちの演出で観客を怖がらせようとしているのではなく、役者たちが幽霊におびえたりする場面を撮ること自体が好きでたまらなくて、楽しんでいるのだろう。いい意味でのB級映画センスが、うまく組み合わさった作品だと思う。面白かった。

「ビギル 勝利のホイッスル」

昨年に続き今年も開催されることになったインド映画祭、インディアンムービーウィーク2020。僕も何本か観に行こうと思い、最初に選んだのは、「ビギル 勝利のホイッスル」。“タラパティ”ヴィジャイが主演の、女子サッカーを題材にしたタミル語映画だ。

若くしてチェンナイのスラム街を仕切るマイケルは、かつてはビギルと呼ばれた、サッカーのスタープレーヤーだった。暴漢に襲われて重傷を負った親友の代わりに、マイケルはタミルナードゥ州の女子サッカー代表チームの監督を引き受けることになる。仇敵による卑劣な妨害の数々を受けながら、マイケルはバラバラになりかけているチームを率いて、かつての自分が手に届かなかった、栄冠を勝ち取ることができるのか……。

以前観た「メルサル」や「サルカール」と同様、この作品もヴィジャイが主演する映画らしい、いい意味での「お約束」が満載の娯楽大作だ。格闘シーンはキレッキレだし、ダンスシーンは華やかだし、笑わせどころも泣かせどころもふんだんに盛り込まれていて、3時間近い尺の長さが、まったく苦にならない。

そんな娯楽大作としての「お約束」を外さない一方で、専業主婦業の強制やアシッド・アタック、さまざまな場面での女性蔑視など、インドが(そして日本を含む世界の多くの国々が)長年の課題としている女性のエンパワーメントという社会問題も真正面から扱っている。そういったメッセージの伝え方も、アトリ監督とヴィジャイらしいな、と思う。

しいて気になった点を挙げるとしたら、この作品でのサッカーという競技の描かれ方には、正直言ってあまりリアリティがない。絵的に映えるからだろうけどヒールリフトやボレーシュートが異様に多いし、マイケルによるトレーニングや試合中の戦術指導にも、具体的にナルホドと思えるような仕掛けはほとんどない。選手を意図的に審判に体当たりさせたら一発退場になるのが普通だ(笑)。ビギルことマイケルが、選手として、監督として、何が凄いのかが、全体を通じていまいちピンと来ない。「ダンガル」での女子レスリング競技の描かれ方と比べると、もう少し工夫できなかったかな、と思ってしまう。

ともあれ、喜怒哀楽の感情デトックス効果で、観終わった後にすっきり爽快な気分になれる、良い映画だった。

「きっと、またあえる」

コロナ禍の影響で、春頃に予定の公開が延期されていたインド映画「きっと、またあえる」(原題「Chhichhore」)が、ようやく公開された。

アニの息子ラーガヴは、大学受験に失敗したショックで、マンションのベランダから身を投げてしまう。かろうじて一命は取り留めたものの、予断を許さない状態で、ラーガヴ自身にも生きる気力が見られない、と医師は言う。アニはラーガヴの枕元で、「負け犬」だった自分の学生時代について語りはじめる。五人の悪友と、一人の女性と過ごした、かけがえのない日々のことを……。

良い映画だった。物語もメッセージも、まっすぐすぎるくらいまっすぐで、むちゃくちゃ心に響く映画だった。でも、だからこそ、つらかった。

この作品で主人公のアニを演じた、スシャント・シン・ラージプートは、2020年6月14日、ムンバイの自宅で自らの命を絶った。以前から鬱病を患っていたとも言われているが、定かではない。今もインド国内では、彼の死にまつわるさまざまな憶測やゴシップが日夜メディアで取り沙汰されているそうだが、それらについて、ここでは特に触れないし、正直、興味もない。

彼の出演作は、日本ではこれが見納めになるかもしれない。観ておかなければ、見届けておかなければ、そう思って、映画館に足を運んだ。が、やっぱり、つらかった。作品に込められたまっすぐで温かなメッセージが、なおさら、やるせなかった。「なんでだよ」とスクリーンに向かって思わず言いたくなった。

彼にはもう、会えない。今はただ、安らかに。

「War」

最近のインド映画で主演を張る男優の多くは、腹筋がバキバキのシックスパックに割れるほど鍛え上げた肉体を持っている。しかし、見せかけの筋肉ではなく、アクションやダンスシーンで人並外れたパフォーマンスを披露できる、本当の意味で「動ける」肉体を持つ男優は、それほど多くない。その数少ない「本当に動ける」スター男優の二人、リティク・ローシャンとタイガー・シュロフがダブル主演で初競演した注目作が、「War」(邦題は「WAR ウォー!!」なのだが、冗長なので原題で)だ。

インドの諜報機関RAWの凄腕エージェント、カビールが、テロリストを追跡する任務中に突然、作戦司令を出していた高官を射殺して、逃亡した。かつてカビールの忠実な部下だったハーリドは、謎の行動を続ける彼の後を追う。ハーリドの父親もかつてはエージェントの一人だったが、組織を裏切った結果、カビールによって射殺されていた。裏切り者の息子という烙印を跳ね除けるため、ハーリドは父を殺したカビールを師と仰ぎ、カビールもまた、もっとも信頼する部下としてハーリドを鍛え上げてきたのだった。そのカビールが、なぜ、自ら組織を裏切ったのか……。

この映画、リティクとタイガーの競演ということで、バイクチェイスにカーチェイス、銃撃戦に肉弾戦と、二人の強みであるアクションを全編にわたって、これでもかと詰め込んだ構成になっている。ダンスシーンは意外と少ないが、インパクトはかなりすごい(笑)。物語自体はスパイアクションものでは割とよくあるパターンの出だしで、敵も味方も機密情報のセキュリティはザルすぎだし(笑)、中盤から終盤にかけてのどんでん返しも、「それはさすがに無理筋では……」と思わずにいられない捻り方だった。個人的には、そうやって無理やり捻って意外性を狙うよりも、バディムービーとしての正道を突き進んだ方が、より素直に登場人物に感情移入できて、観終えた後にスカッとした気分になれたのでは……と思った。この二人の映画を観に来る人が求めているのは、そういうシンプルなカタルシスだと思う。

ちなみに、劇中で「シアチェン」と「カルギル」という単語が出てきた時に「おおっ」と思ったのは、たぶん僕だけだろうな(笑)。

あと、この作品に関しては、日本の配給会社が公式サイトやチラシやパンフレットに掲載した作品のあらすじのテキストを、ポポッポーさんの映画評ブログからそっくりコピペして使用していたという、非常に残念な出来事があった。ポポッポーさんのサイトからは、以前も「Queen」のあらすじのテキストが配給会社に剽窃されたことがある。ほんと、日本国内の配給会社や宣伝会社のスタッフの方々には、Web上からの安易なコピペは厳に慎んでもらいたい。露見すれば、作品の価値を貶めることになってしまうので。