Category: Review

「ツーリストファミリー」


新人監督アビシェーク・ジーヴィントが低予算で作った作品ながら、2025年にインドで大ヒット・ロングランを記録したタミル映画「ツーリストファミリー」。日本でも劇場公開されると聞いて以来、すごく楽しみにしていたのだが、期待以上に佳き映画だった。

経済破綻で混迷を極めていた頃のスリランカから、海を渡ってインドへと密入国した、ダルマダースと妻のワサンティ、息子のニドゥとムッリの四人家族。ワサンティの兄の手引きでチェンナイのとある町内に住むことになった四人は、スリランカ訛りのタミル語をうっかりしゃべったりして正体がバレそうになりながらも、近所の人々と少しずつ打ち解けていく。一方、ゴミ箱に爆弾を仕掛けたテロリストを追う警察は、ひょんなことからスリランカ人一家に目をつけて探すようになり……。

この映画では、インドとスリランカのタミル語の訛りの違いが重要な役割を果たすのだが、今回の日本語字幕では、古風な言い回しが多いというスリランカのタミル語を日本語の古語で訳し分ける工夫が施されていて、特に終盤の演出で、これが見事に効いていた。秀逸なアイデアだと思う。

物語自体はシンプルで、密入国者であることががバレてはダメ、とヒヤヒヤさせる場面がしばらく続くのだが、近所の人々との絆が強まるにつれ、正体を隠すこと自体にまるで意味がなくなっていくのが、素晴らしい展開だなあとしみじみ感じ入った。インドとスリランカの間での移民の問題に焦点を当てていることは間違いないが、それだけでなく、親と子の間や、同じ町内の人々の間にも、誤解や行き違いや無関心から生じる断絶があることを、この作品は如実に示している。そうした断絶は、お互いが少しずつでも心を開き合えば、確実に乗り越えられるはずのものだ、とも。

何もかもがずたずたに裂けていくかのような今の時代に、こうした映画が生まれ、人々に受け入れられているのは、希望の持てることだな、と思う。

「WAR/バトル・オブ ・フェイト」


2019年(日本では2020年)に公開されたインド映画「War」(邦題「WAR ウォー!!」)の続編「War 2」(邦題「WAR/バトル・オブ ・フェイト」)が、YRFスパイ・ユニバースの1作として公開された。主演のリティク・ローシャンは続投だが、彼とともに前作で主演を務めたタイガー・シュロフに代わり、今作ではNTR Jr.が相手役を務めている。監督は前作のシッダールト・アーナンドからアヤーン・ムカルジーに交替。

かつて、インドの諜報機関RAWの凄腕エージェントだったカビールは、謎に包まれた国際的な悪の組織「カリ」に潜入すべく、フリーのエージェントを装って闇の世界で暗躍していた。その潜入の過程でカビールは、カリを信用させるため、恩人である上官、ルトラを自らの手で殺さざるを得なくなってしまう。ルトラを失ったRAWとインド政府は、カビールに対抗できるインド軍の精鋭、ヴィクラムを差し向ける。ヴィクラムとカビールとの間には、知られざる因縁があった……。

174分の上映時間は、息もつかせぬアクションシーンの連続で、圧倒されてずっと見入っていたら、終盤になって目が疲れて乾いてきて、ぽろぽろと涙が出てきてしまった。傍目には、戦いを終えたリティクとタラクが抱き合ってるシーンに感動して泣いてる、涙もろいおっさんみたいになってしまった(苦笑)。違うんだ、ドライアイなんだ……。

世界を股にかけた贅沢なロケ、あらゆる趣向を凝らしたアクション、主演二人の盤石のカッコよさ。物語自体は前作同様、少々無理筋な印象に感じたが、まあ、細けえこたあいいんだよ、という類の娯楽映画なのだろう、これは。

YRFスパイ・ユニバースの次作は、アーリヤー・バット主演の「Alpha」らしい。

「落下の王国」


二十年近く前から、ラダックのパンゴン・ツォをはじめ、世界各地にある鮮烈な風景の数々を舞台に撮影された「落下の王国」という映画がある、という話は聞いていた。当時は日本にいなかったし、その後も目にする機会はなかったのだが、最近になって、公開当時はカットされていたシーンを追加された4Kデジタルリマスター完全版が上映されはじめた。動員は予想以上に好調で、早々と興収1億円を突破したという。僕も、池袋の映画館でBESTIA上映される回を観に行ったのだが、平日の午後だったのに、ほぼ満席だった。

舞台は二十世紀初頭、米国のとある病院。オレンジの収穫中に木から落ちて腕を骨折した移民の少女、アレクサンドリアは、映画の撮影でスタントに失敗し、橋から川に落ちて下半身不随の大怪我を負ったロイと、ふとしたきっかけから話をするようになる。ロイはアレクサンドリアに、六人の勇者たちが悪者たちに立ち向かう冒険の物語を、思いつくままに語り聞かせはじめる。それは、彼女をうまく懐柔して、自分が命を絶つための薬を彼女に持って来させるためのものだったのだが、やがてその物語は壮大な叙事詩となり、アレクサンドリアだけでなく、人生に絶望した語り手のロイ自身にも影響を与えはじめる……。

ロイがアレクサンドリアに語り聞かせる物語は、彼が適当に思いつくままにしゃべる作り話で、時にはアレクサンドリアのリクエストも加わったりするので、辻褄もあっていない、奔放で、何でもありの空想世界になる。何でもありだからこそ、風景も衣装も演出も、すべてにおいて極限まで美を追求することが可能になる。秀逸なアイデアだ。最近の映画のように安易にCGなどに頼らない、実在する風景と俳優と衣装による圧倒的な美の表現が、観る人の心に刺さっているのだろう。

後にも先にも、こういう映画は、なかなかない。映画史に残る作品だと思う。

「ひとつの机、ふたつの制服」


三越前にある誠品生活に行った時、壁面の展示でこの「ひとつの机、ふたつの制服」の存在を偶然知り、台湾への旅に出発する前日に、映画館に観に行った。スクリーンで観れてよかった、としみじみ思えた。

舞台は、1990年代後半の台北。熾烈な受験に敗れ、名門女子高の夜間部に進学させられることになった小愛(シャオアイ)は、昼間部の優等生である敏敏(ミンミン)と、同じ机を使う桌友(机友、デスクメイト)として仲良くなる。互いの制服を交換したりして敏敏と学校をサボるなどしはじめた小愛は、バイト先の卓球クラブで知り合って気になっていた青年、路克(ルー・クー)に、敏敏が想いを寄せていることを知る……。

成績や容姿、貧富の差など、90年代の台湾で生きる女子高生ならではのコンプレックスをわんさか抱えている小愛は、咄嗟に嘘をついたり、隠してごまかしたりしながら、その時々の幸せをどうにか守ろうとする。やがてそれらがどうにもごまかしきれなくなった時、ある出来事をきっかけに、彼女は剥き出しの自分自身と向き合い、母親や敏敏との関係を繋ぎ直し、次への一歩を踏み出していく。小愛と敏敏と路克がその後どうなったのか、あえて明確に描かれないままだったのもよかった。

台湾という国に興味のある人には、迷うことなくおすすめできる映画。配信などで観られる機会があれば、ぜひ。

「ライフ・イズ・ビューティフル」

Filmarksのリバイバル企画で、「ライフ・イズ・ビューティフル」が期間限定で上映されると知り、観に行くことにした。ずっと以前、レンタルで観たことはあったのだけれど、スクリーンで見届けておきたい、と思って。新ピカに足を運んでみたら、小さめのスクリーンとはいえ、場内ほぼ満席。しかも思いのほか、若い人が多い。何だか少し嬉しくなった。監督と主演は、ロベルト・ベニーニ。

物語の前半は、陽気なお調子者のユダヤ系イタリア人グイドと、裕福な家庭に生まれた小学校教師ドーラとのなれそめが描かれる。そこから何年かが過ぎた後半は、第二次世界大戦末期にグイドたちが巻き込まれた、過酷な運命が描かれていく。前半では、グイドのお調子者っぷりがとにかくすごくて、主人公がずっとこの調子でぶっ飛ばしてて大丈夫?と思うほどなのだが、物語が暗く凄惨な舞台に移る後半では、そうしたグイドの変わらぬお調子者っぷりこそが、息子のジョズエを励まし、救っていくことになる。最後の最後までお調子者を貫き通したグイドの姿は、以前観た時も、今回も、深く深く胸に残った。

同時に思う。当時のホロコーストであれだけ凄惨な目に遭わされたユダヤ系の人々の子孫の一部が、八十年の時を経て、ガザで何万人ものパレスチナ人を殺戮し続けているのは、なぜなのだろう。僕には、どうしても理解できない。人間の業とは、かくも深きものなのだろうか。