Category: Essay

好きなことをして食べていく?

この間の、西村さんと夏葉社の島田さんの公開授業で出ていた話題の一つについて。

授業を受けていた学生さんが、「自分がやりたいこと、好きなことに取り組んでいきたいけれど、それで食べていけるのかどうか不安になります。どうすればいいのでしょうか」という質問をした。確かに、美大の学生さんともなると、自分の作品づくりを生活の糧にできるかどうかというのは、重要な課題なのだろう。

それに対して西村さんは、「たとえばバイオリンを学んだ人が、普段は他の仕事をしながら、週に一度仲間内で集まって演奏をして、何年かに一度、どこかでコンサートを開く。そういう取り組み方もある。好きなことをするなら絶対にそれで食べていかなければダメだ、というわけではないと思う」と指摘した。確かに、それはその通りだ。

好きなことをすることと、それで食べていくということは、必ずしも結びつける必要はない。絵画や音楽、文学などの分野で素晴らしい才能を持ち、世間的にもきちんと評価されている人が、普段はまったく別のことをして生計を立てている例はいくらでもある。それで食べていけないからといって、好きなことへの取り組みをすべてあきらめてしまうのはもったいない。

ただ、意地でも自分の好きなことをして食べていく、という覚悟で取り組んでいる人には、退路を断った人ならではの気迫と集中力が宿るのも確かだと思う。勝ち負けの問題ではないけれど、他の仕事で生計を立てながら好きなことへの取り組みを続けるのは難しい面もある。結局大事なのは、それで食べていけるかどうかではなく、自分が好きなこと、やりたいと思ったことを、とことん最後までやりきれる覚悟を持てるかどうか、なのだろう。

僕自身、好きなことをして食べていけている状態と言えるかどうか、微妙なところだと思う。ライターや編集者としての仕事全般では、まあ、かつかつ。自分が好きな旅にまつわる仕事に限ると、まだまだ。でも、自分がやってみたいこと、好きなことに取り組むには、今のフリーランスの状況に身を置いておくのが一番やりやすいし、実現の可能性が高い。だから僕は、これからもやせ我慢を続ける。

好きなことをして、それで食べていく。楽なわけないよね。

才能と職能

「一人で、書いて、撮って、編集して、一冊の本を作れるというのは、あなたの才能ですよ」という意味のことを、最近、何人かの人から言われた。

たぶん、僕の場合、持ち合わせているのは「才能」ではない。本づくりの仕事に携わるようになってから、必要に応じて身につけてきた「職能」だ。それは、そこそこの水準には達しているかもしれないけれど、個々の分野で燦然と輝きを放つトップクラスの「才能」には追いつけない、という限界も感じている。自分の「職能」の限界は、ずいぶん前から、自分でもびっくりするくらい素直に認めている。

ただ、個々の分野で煌めく「才能」を持っている人たちが、それを世の中に向けてうまく発揮することができずに、道半ばであきらめていくのも、僕は何度も見てきた。彼らには、いったい何が欠けていたのだろう。ほんのちょっとした巡り合わせか、運か‥‥。あるいは、いてもたってもいられないほどの、何かを「伝えたい」という思いか。

今までも、これからも、僕は地べたを這いずるように、じりじりと前に進んでいこうと思う。目指す先に「伝えたい」と思えるものがあると信じて。

シンプルに待つ

「旅をしてる時、どんな風にして写真を撮ってるんですか?」と聞かれることが最近多くなった。旅先での写真の撮り方‥‥こっちが聞きたい(苦笑)。それくらい、僕は特別なことは何もしていない。

それでもあえて挙げるとしたら‥‥「シンプルに待つ」ということだろうか。

カメラの撮影設定は(人によって好みは分かれると思うが)、ごくごくフツーの、自分的に一番オーソドックスなものにしておく。レンズは、ズームをつけている場合、基本的に2つの焦点距離だけを頭に入れておく。35mm判換算で、28mmと50mm。風景やスナップは28mm、ポートレートなどは50mm。かなりざっくりだけど、こういうシンプルな状態で自分の頭の中を整理しておくと、とっさの時でも割とうまく対応できるし、状況に応じての設定変更もすばやくできる‥‥気がする。

要するに僕はヘタクソだから、凝ったことをやろうとしてもたいてい失敗するのだ(笑)。シンプルに待つのが吉。

頼みづらい仕事?

以前、仕事の依頼をしてくれた初対面の方と打ち合わせをしていた時、「こんな仕事をお願いするのは申し訳ないんですが‥‥」と頭を下げられ、ちょっとびっくりしたことがある。確かに自分の個性を発揮するような類のものではないにしろ、ちゃんとした内容の仕事だったのだけれど。

その人曰く、僕のように執筆から撮影、編集まで一人でやって本を作っている人間には、頼みづらい仕事だなあ‥‥と思っていたそうだ。他にもそう思ってる人がいるとすると、僕は結構な機会損失を被ってることになる(苦笑)。

実際のところ、僕がやってる仕事は、自分の名前が表に出るようなものばかりではなく、名前も出さずにひっそり取り組んでる案件も相当多い。少なくとも、自分の名前だけで食っていけるほど突き抜けられてはいない。その一方で、そういう機会損失が生じてる可能性があるとなると‥‥いかんなこりゃ。ジリ貧だ(苦笑)。

ただ、身の丈に合わない無謀なことをやらかすつもりはないし、守勢に回って自分で自分のレベルを下げるつもりもない。周囲がどうあれ、その時その時の自分のベストを、一つずつ積み重ねていくしかない、と思っている。一気には突き抜けられないかもしれないけれど、積み重ねていけば、いつかは届く。

旅は仕事にしない方がいい?

前のエントリーで旅と仕事について書いたら、知人の方が、「僕は旅は仕事じゃない方がいい。日常と非日常は区別があった方がいろいろ充実する気がする」とコメントしてくれた。

ほんと、それはまったくその通りだと思う。世の中では、旅と関係ない仕事をしている人が大半だ。仕事と旅は区別して、働く時は働く、旅を楽しむ時は楽しむ、という生き方の方が、ずっと自然だと思う。

僕自身、旅に出るなら、依頼やスケジュールには縛られたくない。自分が行きたい場所へ、自分が行きたい時間だけ旅したい。自分らしいと思える旅をやりきって、その経験を写真や文章でカタチにするのが、僕が今まで書いてきた旅の本のベースになっている。そこから踏み外したら、自分が旅の本を作る意味はなくなってしまう。

要するに僕は、旅と仕事の、ものすごく深い狭間で、無理筋を通そうとしてあがいているのだ(苦笑)。効率よくお金を稼ぐなら、他にも選択肢はある。でも僕はやっぱり、自分らしい旅の本にこだわりたい。自分の本を手に取って喜んでくれている、読者の方々の笑顔を見てしまったから。