Category: Diary

まっしろな砂漠の果てに

今年の春頃から書き続けていた、新しい本の草稿を、昨日、最後まで書き終えることができた。

一冊の本を書くことは、誰も歩いたことのない、まっしろな砂漠の只中を、一人で歩き続けていくのに似ている気がする。そこには道も、足跡もなく、どこをどう進んでいくのかは、すべて自分で決めなければならない。書きはじめる前に、計画(プロット)はあらかじめ入念に考えてはいるけれど、いざ始めてみると、計画通りに進まないこともよくある。あまりにも長い時間、その本のことをずっと考え続けているので、しまいには、それが本当に面白いのかどうか、自分ではわからなくなってしまう。

前に書いてきた本では、一番最後の数行にどんな文章を書くか、あらかじめ決めていたことがほとんどだった。でも今回の本では、最後の章までの大まかな構成を考えておいただけで、どんな文章で締めるのかは、あえて決めないまま、書き続けていた。まっしろな砂漠を歩きながら、どこで歩き終えるのかを、自分の感覚で見定めたかったのだと思う。

その最後の文章は、思いがけないほど、すんなりと現れた。自分の中から捻り出して書いたというより、しぜんと目の前に舞い降りてきたような文章になった。それでもまだ、この本がほかの誰かにとって面白いものになっているかどうか、自信はまったく持てないのだけれど。

この後は、いったん冷却期間を置いて、じっくり読み返してから、推敲とリライトに着手。年明けからは、本格的な編集作業が始まる。頑張らねば。やらねば。

オフロデ、ヨンデイマス

八月の終わり頃、自宅の風呂釜の調子が悪くなった。

うちのマンションの風呂釜はガス給湯器で、風呂への注湯や温度調節などは、風呂場とキッチンの壁にある端末で操作する。風呂への注湯が終わると、「オフロガ、ワキマシタ」などと音声で知らせてくれるタイプだ。

その端末で、101というエラーコードが表示されるようになってしまった。業者の方に点検に来てもらったところ、幸い、ガス漏れなどの不具合はなかったけれど、使いはじめてかれこれ15年以上経っていて、標準的な耐用年数を過ぎているから、ガス給湯器自体を交換した方がいい、という話になった。

業者さんのスケジュールの都合ですぐには交換できず、10月上旬まで待たねばならないということで、それまでの期間は古いガス給湯器になるべく負担をかけないように、風呂に湯を溜めず、シャワーのみでしのぐことにした。まあ、海外を旅してる間はずっとシャワーだし、残暑もきつかったので、それ自体は特に負担でもなかった……のだが。

数日前の真夜中、確か3時か4時くらいに、突然。

ピロリン、ピロリン、ピロリン、ピロリン。
オフロデ、ヨンデイマス。

ガス給湯器の端末から、呼び出しベルと音声が鳴り響いたのだ。風呂場には、誰もいないのに。

この夜は、真夜中と明け方に二度呼び出しが鳴り、翌日も明け方に一度鳴った。操作端末の電気系統の故障なのだと思うが、それにしても、時間帯も鳴り方もホラーすぎて、心臓に悪い。

うちだけの怪奇現象かと思いきや、Webで検索すると、似たような誤作動に見舞われているお宅がちらほらあるみたいで、そういう誤作動を起こしやすい仕様なのかな……と納得した次第。

ちなみに、ガス給湯器とその操作端末は、昨日の日中に、新しいものに無事交換された。これで、真夜中に風呂場から呼ばれることもなくなるだろう。やれやれ。

マキネッタ世代交代

五年ほど前、相方の友人の方から結婚祝いにいただいた、ペゼッティのマキネッタ。手軽にエスプレッソをいれられるのですっかり気に入って、毎日のように愛用していた。ただ最近になって、おそらく耐熱シリコンのパッキンの劣化などによって、うまくコーヒーをいれられなくなってきていた。あまりメジャーな品番でもないようで、Webで検索して探しても、交換パーツを扱っている店が見当たらない。残念だが、棚の奥に引退してもらって、新しいマキネッタを手に入れることにした。

新たに選んだのは、ビアレッティのヴィーナスというマキネッタ。耐久性の高いステンレス製で、構造や仕組み、使い方は前のペゼッティのとまったく同じ。割とメジャーな品番のようで、スペアパーツの調達にも困らなさそうだ。今回はカッパーとシルバーのツートンカラーのものにしてみたのだが、届いた実物はなかなか良い佇まい。またしても、すっかり気に入ってしまった。

豆を挽いてペーパードリップで美味しくいれるコーヒーも好きだけど、マキネッタで気軽にさくっとエスプレッソをいれるのも楽しい。僕の仕事日は、コーヒーとエスプレッソに支えられている(笑)。

アメリカの物価

一昨日の午後、アラスカから東京に戻ってきた。七月上旬から、インド、アラスカと断続的に続いていた旅も、ようやく一段落。しばらくは自宅で落ち着けそうだ。

アラスカでの滞在は、とにかく今のアメリカのえぐすぎる物価高に、辟易とさせられた日々だった。何をするにも買うにも、単純に日本の倍くらいかかるし、それなりのクオリティのものを選ぶとさらに高くつく。食費を少しでも節約するために、宿の近所にあったマクドナルドをほぼ毎日利用せざるを得なかったのだが、普通のクオーターパウンダーとポテトとコーラのセットが、2000円にもなる。何かを買うためにカードを取り出して決済するたび、ぼったくり店でむしられてるような気分になった。

でも、そうしたギャップは、アメリカの物価が値上がりしてるだけでなく、日本円の力が弱っているのも少なからず影響している。世界の他の国々と比べても、日本の国力は刻々と衰退していると感じる。居座り続ける政府与党の為政者たちを総取っ替えしなければ、この凋落は止まらないだろう。

青息吐息で日本に戻ってきて、スーパーやコンビニに並ぶ商品の値段を見ると、めちゃめちゃ安いなあ……と感じてしまうようになった。日本を訪れる外国人旅行者の金銭感覚が、ほんの少し、理解できたような気がする(笑)。

つかのまの帰国

日曜の昼、インドから日本に戻ってきた。デリー空港での乗り継ぎ待ちが10時間以上とかなり長く、さすがに疲れが出て、日曜と月曜はずっと眠いままだった。

今年の夏に計画していたウッタラカンド方面での取材は、直前に発生した豪雨に伴う大規模な土砂崩れで、通る予定だった道路がめちゃくちゃに寸断され、断念せざるを得なくなってしまった。時期的にある程度のリスクは覚悟していたとはいえ、色々準備していたので無念ではあったが、もしタイミングが少しずれて、現地入りした後に土砂崩れが発生していたら、完全に山奥に取り残されてしまっていたかもしれない。実際にスタックしてしまった数千人の巡礼者たちのように。そう考えると、ある意味、ぎりぎりのところでツイていたのだと思う。

山間部での撮影取材ができなくなった分の時間は、リシケシュのホテルに籠って、連載エッセイの原稿の執筆に充てた。おかげで、来年2月掲載分までのストックができた(苦笑)。これで今年の秋以降は、来春に出す書き下ろしの新刊の執筆作業に全振りできる。まだ4割くらいしか書けてないので、本気で集中せねば……。

一方、旅の後半、ラダックでのツアーガイドの仕事は、天候にも恵まれ、参加者の方々のご協力もあり、とても良い形で終えることができた。次回以降もまた、より良い内容でツアーをご提案していけたらと思っている。参加者の皆様、関係者の皆様、有難うございました。

来週金曜日からは、10日間ほど、アラスカに行く。南東アラスカのケチカンから、水上飛行機で飛んだ先にある丸太小屋で、数日間を過ごす。なので、今回の帰国は、ほんのつかのま。ゆっくり身体を休めつつ、次の取材の準備も抜かりなく進めて、万全の体制で臨もうと思う。

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紀蔚然『台北プライベートアイ』読了。ハードボイルド推理小説の形を取ってはいるが、劇作家でもある著者の経験が物語の組み立てにうまく生かされている。台湾社会に対する深い考察も著者ならでは。最終盤に明かされる犯人の心理や動機が突拍子もない次元に行きすぎているようにも感じたが、総じて面白く読めた。