観終わった後に残るのは、暗く、苦く、やりきれない思い。でも、たとえようもなく美しい映画だった。
小説家、佐藤泰志は、村上春樹や中上健次と並び評される才能の持ち主だったが、不遇の果て、1990年に自らの命を絶った。彼が生まれ故郷の函館をモデルにした「海炭市」を舞台に描いた未完の連作短編集をもとに生まれたのが、この「海炭市叙景」。映画の制作は函館市民の有志によって企画され、地元の人々の全面的な協力を受けて撮影が行われたという。
スクリーンに映し出される「海炭市」の空は、濡れ雑巾のような雲がたれ込め、雪混じりの風が吹き荒んでいる。造船所の仕事を失って途方に暮れる兄妹。豚小屋とそしられる古い家から立ち退きを迫られている老婆。水商売の仕事をしている妻の浮気を疑う夫。新しい事業も再婚相手ともうまくいかず苛立つガス屋の若社長。路面電車の運転手と、ひさびさに帰郷したのに会おうとしないその息子‥‥。幸せな人は、たぶん、一人もいない。誰もが何かに行き詰まり、涙や後悔や苦い思いを噛みしめている。カメラは淡々と、しかしどこか優しいまなざしで、彼らの姿を追う。
時代に取り残され、ひっそりと朽ちていく「海炭市」は、もしかすると、誰の心の中にもある故郷の姿なのかもしれない。そこにいても、いいことなんて、何一つない。できることなら、何もかも投げ出したい。だけど、それでも‥‥。
「わたしたちは、あの場所に戻るのだ」。その一言が、今も胸の裡に響いている。