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「LADAKH LADAKH」


鮫島亜希子さん、角田明子さん、中田浩資さん、関健作さん、三井昌志さん、松尾純さん。6人の気鋭の写真家の方々がラダックで撮影した写真を収録した写真集「LADAKH LADAKH」がまもなく発売になります。僕はこの本で企画と編集作業を担当しました。

この本は一般の書店にはほぼ流通せず、発売元のGNHトラベル&サービスのWebサイト経由での販売と、4月20日(土)に東京、5月18日(土)に大阪で予定されている6人の写真家全員が登壇するトークイベントの会場と、5月30日(木)から6月10日(月)まで東京・吉祥寺で開催される写真展会場などでの販売に限られます。少部数限定の本なので、ご興味のある方はお早めに。

僕が言うのも何ですが、良い出来の本だと思います。よろしくお願いします。

布団の中から

真冬の朝は、目が覚めても、温かい布団の中から出るのが億劫だ。出発前日の今、僕はちょうどそんな気分でいる。

西荻窪に引っ越してきて、半年。街ではまだまだ未開拓の店も多いけれど、だいぶ土地勘もつかめてきた。新しい部屋での暮らしにも、いつのまにか、すっかり慣れた。細かいところを少しずつ整理したり、収納の仕方を変えたりして、だいぶ住みやすくなってきたと思う。居心地のいい部屋。ラジオからの音楽。自分でいれるコーヒー。相方と食べる夕食。何もかもが申し分なく、何の不満もない。

明日からはたぶん1カ月以上、風呂はもちろんお湯シャワーもまともに浴びることはできないだろうし、電気が使えるのも1日数時間だろうし、ネットもろくにつながらないだろう。緑の野菜とも当分オサラバだ。なんでわざわざ、僕は自ら好き好んで、そんな苦労をしにいくのだろう。温かい布団から出るのが嫌なように、ほんとに億劫だ。

でも、行かなければ。想像しただけで両手のひらがチリチリとしびれてくるような冒険の日々が、僕を待っている。良い写真を撮りたい。良い文章を書きたい。ただただ、そのために。

明日からしばらく、ブログの更新をお休みします。帰国は3月11日頃の予定です。では。

「内輪ウケ」について

文章や写真、あるいは映画や絵画、音楽など、いろんな表現活動において、100人中100人に支持される作品は、たぶん存在しない。もし、そんな作品があると言われたら、僕はかなり用心してかかると思う。

だからといって、「100人中100人に支持されるものはないから、わかる人にだけわかるものを作ればいい」と単純に開き直るのも、ちょっと違うのではと思う。最初から「わかる人にだけわかるもの」を目指してしまうと、作品の可能性を自ら狭める結果になりかねない。

出版や写真の業界で、「……それは単なる内輪ウケでしかないのでは?」と感じる事例に接することが、最近よくある。もっともらしいお題目を唱えて自分たちの評価を高めようとしても、内輪でしか通用しない閉じた価値観に囚われていたら、内輪ウケの域を脱することはできない。内輪同士で心地よいぬるま湯に浸っていては、伝えられるはずのものも伝えられない。

100人中100人に支持される作品はないと自覚しつつも、あらゆる人に対して開かれた価値観を作品に込めることを忘れてはいけない、と僕は思う。

写真展の設営

昨日は夕方から綱島ポイントウェザーへ。11月20日(火)から始まる写真展「Thailand 6:30 P.M.」の設営に行った。

今年の春に三鷹で開催した展示から、写真をさらに10枚ほど増やして再構成。当初はパネルを壁に細い釘を打って固定しようと思っていたのだが、釘打ち音をさせるとお店の2階の住人から苦情が来るらしく(苦笑)、ネジフック(ヨートとヒートン)でパネルを壁に吊るすことにした。

枚数が枚数なので、事前にFacebookで、近隣の知り合いで設営を手伝っていただけそうな方を募集したのだが、なんと、4人もの方々にお越しいただけることになった。しかも、大先輩の庄司康治さんや、松尾純さんのお兄様の松尾洋さん、以前ヌブラ取材の際にお世話になった岩井さんご夫妻と、こちらが申し訳なくなるような方々が。みなさん、設営作業をものすごくテキパキと進めてくださって、僕が周囲でアワアワしてるうちに、2時間もかからずに設営完了。終電間際までかかると思っていたので、本当に助かった。

重ね重ね、ありがとうございました。そんなこんなで写真展「Thailand 6:30 P.M.」、いよいよ始まります。12月2日(日)まで。

与えられた時間の中で

昼、用事があって、恵比寿へ。モックネックのTシャツにコーデュロイのジャケットを羽織って外に出たら、思いの外、肌寒い。冬の気配が忍び寄ってきている。

用事をすませ、ヴェルデでコーヒーを飲みつつ少し本を読んでから、銀座へ。ソニーイメージングギャラリーで15日まで開催されている幡野広志さんの写真展「優しい写真」を見に行く。平日なのに、大勢の人が立ち寄っていた。

展示されていた写真には、何気ない、でも次第に残り少なくなる日常の時間の中で、大切な存在をいとおしむ思いが詰まっていた。「伝えたいことを伝えたい人に伝えられるのが良い写真の一つ」という意味のことを幡野さんは書かれていたが、その通りの写真だと思った。

自分の人生を他の誰かと比べることには何の意味もないけれど、僕の人生は、奇天烈ながらも運に恵まれている方だと思うし、今の自分は、これまでの人生の中でもかなり幸せな日々を過ごさせてもらっているとも思う。とはいえ、そういう日々が未来永劫続くとは思っていない。変化や終焉は、誰の人生にも、いつ訪れるかわからないし、いつか必ず訪れるものでもある。

良い文章を書きたい。良い写真を撮りたい。そして、良い本を作りたい。そのためには、与えられた時間の中で、自分と大切な人たちのために、せいいっぱい、できるだけ良い生き方をしなければ、と思う。そうして、僕よりも少しだけ長生きしてくれるかもしれない本を、この世界に残したい。