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大掃除

仕事の進行にちょっとだけ余裕ができたので、今日は昼のうちに、部屋の大掃除をすることにした。

考えてみたら、自分の部屋をまともに掃除したのって、9月以来か(苦笑)。取材でタイに行って、戻ってきたら仕事に忙殺されて、掃除といえばせいぜい、目立つところの埃を取り除いていたくらいだった。道理で、室内がすさんだ雰囲気になっていたわけだ。

あちこちに積もった埃を払い落とし、掃除機をかけ、雑巾で拭き、台所とトイレも掃除し……と、自分にしては結構まめに、徹底的に掃除した。作業中の書類とかを雑多に積んだままの一角もまだあるけれど、それは見なかったことにして(苦笑)。

それでもまあ、掃除をひと通り終えてみると、部屋も気分も、だいぶすっきりした。まともな人間が住んでる部屋らしくなったな(笑)。

Stay Gold

家での仕事の合間に、夕方、近所の歯医者へ。歯石の掃除であと2回ほど通うことになりそうだが、治療自体は今日で終わり。帰る前に駅のみどりの窓口に寄って、年末年始に安曇野に行くための切符を買う。

窓口にいたのは、まだ若い、人のよさそうな女性で、僕の前でもたついていたおばさんを嫌な顔もせずニコニコと案内していた。僕の番になっても、ものの言い方とかがいちいち丁寧。まだあまり窓口業務に慣れてないらしく、端末のモニタを慎重に確認しながら操作している。で、支払いの段になったのだが、なぜかレジが動かない。レシートのロールペーパーが切れていたらしい。

そこから彼女は、たぶんあまり経験がなかったであろうロールペーパーの交換作業に取り組むことになった。ペーパーのセット方法は結構アナログで、それなりにコツがいるらしく、5分くらいはかかったと思う。終わった後、「大変お待たせして、本当に申し訳ありませんでした……」と深々と頭を下げていたが、別に僕は急いでなかったし、後ろにも誰も並んでなかったから、そこまで謝らなくても、と逆にちょっと恐縮してしまった。

窓口業務、きっといろいろ大変なんだろうけど、できれば、これからも、そのままで。

黄葉、落葉

まだ安心できるような状況ではないが、抱えている仕事の一つがかなり整理できてきた。夕方、ごはんを食べに、外へ。

家のすぐ近所にある公園のそばを通りがかって、愕然とした。ほんのちょっと前まで、黄葉するまでもうしばらくかかるかなと思っていた大木の木々の葉が、今日は黄葉どころか、それを通り越して半分近くも散り落ちていたからだ。もっと早く気付けるタイミングもあったはずだが、頭の中に余裕がなさすぎたのだろう。まるで、2、3週間ほどタイムスリップしてしまったような、妙な気分だ。

いかんいかん。もう少し、立ち止まる余裕を持たねば。

産毛の変化

昨日、ひさしぶりに髪を切ってもらいに近所の理髪店に行った。カットとシャンプーが終わり、顔を剃ってもらう段になって、いつも担当してくれている理容師さんが僕の頰を軽く触りながら、「ああ、元に戻りましたね」と言った。

「戻ったって、何がですか?」と聞くと、「夏の終わりに、インドからお戻りになった後にうちにいらした時に気づいて、でもその時は言わなかったんですけど……あの時はすごかったんですよ、お顔の産毛が、ごわっとしてて。でも今はいたって普通ですね」

スピティやラダック、ザンスカールで約2カ月を過ごした後、僕の顔の皮膚は、理容師さんが剃刀を当ててびっくりするくらい、産毛でごわごわになっていたのだそうだ。高地で極度の乾燥と紫外線に晒されるうちに、身体がしぜんと防衛体制を取っていたのだろう。かたや、ふんだんに湿気のあるタイでは、そこまで防御する必要はなかったということか。

しかし、「元に戻った」か……どっちが「元」なんだろうな、僕にとっては。

ルーティンに従う

終日、部屋で仕事。タイから帰国して新しい本の執筆・編集作業に入って以来、仕事をする日の行動パターンは、毎日ほとんど同じ。

午前中遅めの時間に起床。シャワーで完全に目を覚まし、ラジオのスイッチをオン。朝昼兼用の食事は、インスタントラーメンと即席うどんとトーストのローテーション。食後にコーヒーをいれ、飲み終えたらラジオを切って、作業開始。夕方、必要に応じてスーパーに食材の買い出しに行き、適当に自炊して晩飯。食べ終えたら作業再開。その日のノルマと決めたところまで進んだら終わり。腕立て伏せ、腹筋、スパイダープランク、スクワット。晩酌のビールは1日おきに1缶。気が向いたらブログを書いて、だらだらネットを眺めて、深夜に寝床に潜り込む。

意外と思われるかもしれないが、僕は、こういうルーティンを守ること自体は、別に苦にならない。特に、本の執筆のように大きな仕事に取り組んでいる時は、ルーティンに従って行動していた方が、余計なことに気を取られずに作業に集中できる。で、そのうち、毎日ルーティンに沿って動き回っている自分を、別のところから客観的に眺めているような気分になってくる。そしてそれが、少し滑稽に思えたりもする。

まあ、物書きの日常なんて、そんなものである。