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デイリーズのこと

昨日の夕方、自分が出演するトークイベントの会場であるユニテに向かうべく、三鷹駅南口から伸びる中央通りを歩いていた時。何しろ暑かったので、途中で少しだけ涼んでいこうと思い、デイリーズに立ち寄ろうと足を向けた。

驚いた。店の入口がベニヤ板の仕切りで塞がれ、経営元が自己破産したとの紙が貼られていた。なんてことだ……。

僕は今でも月に一、二度、三鷹には来る用事があるので、特にまほろば珈琲店さんで豆を買ったりした時には、ついでにデイリーズに立ち寄ることが多かった。確かに、店内が大勢の客で賑わっていることは多くはなかったが、家具と生活雑貨を扱う店はそんなものなのかなと思っていたし、吉祥寺の東急やパルコにも出店してたから、何だかんだで堅調なのだなと思い込んでいた。そうか……。

トークイベントを終えて家に帰り、妻ともその閉店の話をして、夜、寝床に入ってからも、頭の中ではデイリーズのことがぐるぐると巡って、しばらく眠れなかった。自分でも思いがけないほど、ショックだったらしい。

調べてみると、デイリーズは1999年創業だったそうで、その数年後に僕は三鷹で暮らしはじめた。ほぼ四半世紀、僕の生活の中で、デイリーズは当たり前のように存在していたお店だったのだ。大型の家具を購入したことはなかったけれど、食器やちょっとした雑貨、文具、化粧水、コーヒー用品など、ちょこちょこした買い物でいつもお世話になっていた。隣接のカフェスペースで開催された、アン・サリーさんのライブにも二度ほど参加させてもらったのは、忘れられない思い出だ。

そうか、思い出か。思い出の場所が突然、ごっそりと失われてしまったのが、自分にはこたえているのだな。ふう。

浅草、押上、深大寺、三鷹


二週間ほど前から、ハワイ在住の友人夫妻(ご主人が米国人、奥さんが相方の親友で日本人)がひさしぶりに来日している。先週と今週、一日ずつ時間を作って、都内のあちこちを散策して回った。

先週は、浅草での待ち合わせからスタート。日本のレトロ喫茶に興味のあるご夫妻を、純喫茶マウンテンにご案内。良い意味でカオスな雰囲気の店内で、小倉ホットケーキやクリームソーダを堪能。その後はかっぱ橋道具街をぶらついて買い物したり、たばこと塩の博物館を見学したり、スカイツリーのふもとの喫茶店で休憩したり。夜は押上のスパイスカフェをひさしぶりに訪問して、最高においしいディナーをいただいた。

今週というか昨日は、三鷹駅前で待ち合わせて、バスに乗って深大寺へ。年の瀬の土曜にしては、思っていたほど混雑してなくて、ほっとした。玉乃屋という蕎麦屋さんで、天ぷらやおでんと一緒に深大寺そばをいただく。その後は神代植物公園をぶらぶら散歩して、別のお店で団子や饅頭をいただいて、夕方、三鷹へ。ユニテやデイリーズ、まほろば珈琲店を巡った後、夜はリトスタでクリスマスディナー。四人でいただくクリスマスディナーは、二人の時とはまた違った愉しさで、本当に良い夜だった。

こうした思い出を、一つひとつ、積み重ねていく。それが、限りある人生を生きるということなのかなと、今は思う。

三年ぶりのライブ

昨日の夕方は、三鷹のデイリーズで開催された、アン・サリーさんのライブを聴きに行った。2020年1月に同じ会場で開催されたアン・サリーさんのライブに参加して以来、三年ぶり。会場はぴっちり満員で、百人以上は入っていたと思う。

ギターの羊毛さん、トランペットの飯田玄彦さん、そしてアンさんの三人による二時間ほどの演奏は、本当に素晴らしくて、時に我を忘れるほど引き込まれた。ゆらめくように繊細なリズムとメロディと、アンさんがあと三人くらいいるのではと錯覚しそうほど多彩なハーモニーを感じさせるボーカル。アンさんのオリジナル楽曲はもちろん、ジョニ・ミッチェルの「Both Sides, Now」やキャロル・キングの「So Fa Away」を羊毛とおはなバージョンのアレンジで聴けたのもよかったし、個人的に好きな「僕らが旅に出る理由」や「銀河鉄道999」を聴けたのも嬉しかった。あと、MCが自由すぎて、めっちゃ笑わせてもらった(笑)。

あらためて思ったのは、月並みな感想だけれど、生演奏のライブはやっぱり違うなあ、ということ。同じ空間を共有して、音とともに空気の震えや熱気を肌で感じて……。動画配信では伝わらない決定的なもの、ライブだからこその愉しみと喜びがあるのだなあと、思い出させてもらった気がする。

これからはまた、もっと気兼ねなく、あちこちのライブに顔を出せるようになるといいな。

カタギでない世界

昼、行きつけの理髪店で、二カ月ぶりの散髪。バリカンで、6mmの短さで刈り上げてもらう。まだまだ暑いし。

このお店には、もう思い出せないくらい昔から通っていて(たぶん十五年か、それ以上)、店主さんやスタッフさんともすっかり顔馴染みだ(僕の素性もだいたいバレている)。それもあってか、僕が散髪に訪れると、店主さんはほかのお客さんにはあまりしてなさそうな、いろんな話をしてくれる。彼自身はカタギの理容師だが、どういうわけか、カタギでない人々と非常に幅広い交友関係を持っているそうで、ぶっちゃけ、ここには書けないような話ばかりしてくれる。今日の話も、聞いている分には興味深かったけど、あまりにもきわどすぎて、ここにはとても書けない(苦笑)。

世界は、僕が思っているより遥かに広いのだなあ、と散髪に行くたびに思い知らされるのであった。

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川内有緒『空をゆく巨人』読了。インド取材の初日、デリー空港の乗り継ぎ待ちで読み始めたら止まらなくなり、レーに着く前に読み終わってしまった。志賀忠重さんと蔡國強さん、そして二人を取り巻く人々の生き様と、我々自身とも深く関わってくる未来に向けての熱い物語。

カート・ヴォネガット・ジュニア『タイタンの妖女』読了。ザンスカールで橋が壊れて、パドゥムで足止めを食った時に読んだ。有名な作品なので期待してたのだが、自分には「人を食ってる度」が強過ぎたというか、登場人物の誰にも感情移入できなくて、読んでてちょっとしんどかった……。上手いのはわかるのだが。

理髪店でのカミングアウト

一昨日、ひさびさに散髪に行った。忙しいやら何やらで、二カ月以上ぶり。髪はもう伸び放題のざんばらだったので、思いっきり短くしてもらうことにした。

ほかのお客さんとの都合で、僕は髪を切る前に顔を剃ってもらうことになった。背もたれを倒した椅子の上で仰向けになり、顔にシェービングフォームを塗られ、剃刀を当ててもらう段になって、お店の人が急に「あの、私、今、『冬の旅』を読んでいて……」と語り始めたので、びっくりした。

確かに、前に来た時に僕の仕事の話になり、今まで書いた本のタイトルを訊かれたので、伝えたことはあったのだが。まさか、理髪店で顔を剃られながら、自分の書いた本の感想を受け止めるはめになるとは、想像もしていなかった。

今まで、行きつけのごはん屋さんとかで、読後の感想をちらっと聞く機会はあったけれど。世の中のほかの作家の方々も、こういう経験をされてるのだろうか。

いやあ、びっくりした。でも、本当に、ありがたいことだと思う。お店の方、まだ読んでる途中とのことだったので、最後まで楽しんでもらえたら。

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セバスチャン・サルガド『わたしの土地から大地へ』読了。世界でもっとも著名なフォト・ジャーナリストであるサルガドが、自身の半生を語った本。僕も二十代初めの頃に彼の写真を目にして、その後の人生に少なからず影響を受けた。写真の撮影技術や感性はもちろんだが、彼の本当の凄さは、何を撮るべきかを判断する際の聡明さと、被写体に対峙する際の妥協のない誠実さ、そして個々の取材をまとめて一つのプロジェクトとして推進していく際の実行力にあるのだな、と感じた。サルガドが八年の歳月を費やして取り組んだ『GENESIS』のプロジェクトで、世界各地の原初の自然や少数民族の生活を取材した際の述懐が、僕自身がこの十年来のラダックやザンスカールでの取材で感じていたことと驚くほど近いものだったので、自分は間違っていなかった、と少しだけ自信になった。