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#東北でよかった

「東日本大震災が起こったのがまだ東北でよかった。首都圏に近かったら甚大な被害になっていた」という意味の発言を咎められ、今村復興大臣が辞任した。その前後の発言を見ても、言葉の選び方をうっかり間違えたというより、完全に本音が露呈した形での失言で、辞任は当然だと思う。まあ、今の内閣には、これと同じレベルの失言をやらかしたり、国会で虚偽答弁をくりかえしたりしてもしらばっくれてる大臣が、他にもうようよいるが。

それはさておき、今日の昼、Twitterを見ていたら、「#東北でよかった」というハッシュタグがトレンドに流れてきた。見てみると、今村前復興相の失言を逆手に取って、「東北に生まれてよかった」「東北に来てよかった」と、東北ならではの魅力をポジティブに伝えるツイートが、本当にたくさん投稿されていたのだ。見ていて、心が温かくなるのを感じた。

今の政府の驕りと不誠実さを鮮やかに切り返して、僕たちにとって大切なものは何なのかを示してくれたハッシュタグ。TwitterというSNSだからこそ生まれた、素晴らしい現象だったと思う。

遅刻しないための対策

たぶん僕は、1年間で7、80件くらい、取材の依頼を請け負う。午前中から取材が入る時などは、うっかり遅刻しないように気を遣う。吹けば飛ぶよなフリーライターの身空、一度やらかしてしまうと、それっきり仕事を失う可能性もあるからだ。

で、日頃、遅刻しないようにどんな対策を講じているかというと。

・前日のうちに、自宅を出てから目的地に着くまでのルートと時間、乗り継ぎなどを「乗換案内」で調べておく。待ち合わせ時間ギリギリではなく、1、2本早めに着ける設定にしておく。

・前日のうちに天気予報を調べ、どんな服装にするかをだいたい決めておく。出かける直前にあわてないように。

・当日、自宅を出る予定時刻の2時間前までに起きる。ネットで運行情報を確認し、乗る予定の路線で大幅な遅延が発生していたら、対応策を考える。

……とまあ、ここまでやっておくと、そうそう遅刻したりはしないのだが、それでもごくたまに、列車に乗っている最中にアクシデントで急に停まったり遅延したりということも過去に数回あったので、油断はならない。

明日も遅刻しませんように……。

差別されて、わかること

ユナイテッド航空がアジア人の乗客をオーバーブッキングだからと機内から引きずり出した事件で、ずいぶんと世の中がかまびすしい。まあ、あれはほぼ間違いなく、アジア人に対する差別行為の一端だと思う。

僕は、今までそれなりに長い時間を旅に費やしてきたこともあって、異国で差別を受けた経験もそれなりにある。アメリカでも、ヨーロッパでも……欧米ばかりだな、あらためてふりかえってみると。つまり、日本人も、欧米諸国ではともすると、差別の対象になりうるということだ。

その時の状況にもよるが、差別をされると、想像以上に精神的に大きなダメージを受ける。差別をした側が想定しているより、それこそ何倍もきつい。だから、差別された時のつらさや痛みは、実際に差別される側に立ってみないと、本当にはわからない。

でも、旅をしていると、差別を受ける回数の何百倍も、心穏やかで優しい人々に出会う。対等な目線で向き合ってくれる人々の素晴らしさに気づくことができる。異国を旅することの一つの大きな意味が、そこにある。

さくら、ひらひら

昨日は昼から代々木公園で、吉田友和さん主催の旅人花見にお邪魔させてもらった。空はどよんと曇っていて、たまに、ぽつ、ぽつと降っていたけれど、花見をするには何とか大丈夫だった。人もそこまでめちゃめちゃ多くもなくて、かえってよかったかもしれない。

桜は、ちょうど満開で、少し強い風が吹くと、ひらひらと白い花びらが舞い落ちてきた。ビールを飲もうとして缶を持ち上げたら、手の甲に花びらがくっついていたり。しばらく待っていると、手のひらの中に、3枚、4枚と集まってきた。そのみずみずしさと儚さに、何だか切ない気分になる。

一年後、またこんな風に、桜の樹の下で花びらを手に取れるといいな、と思う。

社会人になりきれず

今朝、FacebookやTwitterのタイムラインを見ていると、「新社会人」という言葉がたくさん目についた。そういえば今日は、そういう日だったか。

自分が新社会人デビューした頃をふりかえってみると‥‥あれ? 記憶が‥‥まったくない‥‥。

考えてみれば、あの頃の僕は、やることなすことむちゃくちゃだった。大学4年の途中で授業を全部放棄して、1年半の自主休学。とある出版社でバイトをして金を貯め、4カ月間の旅に出て、帰国してからまたバイト。大学6年目にあたる年の春から学校には戻ったが、バイトに明け暮れてろくに授業にも出ないまま、ほうほうのていで卒業。その後も正社員として就職することは一度もなく(「正社員にならないか?」と言われても断っていた)、編プロや出版社でしばらく働いては旅に出る、というのをくりかえしていた。

だから僕の場合、学生から新社会人になった時の境界線が、ものすごくあいまいなのだ。ことによると、未だに真っ当な社会人には、なりきれていないのかもしれない。

でも、まあ、それはそれで、僕にとっては、よかったのかな、とも思う。社会に用意された型に嵌まらない、いびつな存在のままでいられたから。