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流浪の写真家

昼、電車に乗って都心へ。今日から東京国立近代美術館で始まった、ジョセフ・クーデルカ展を見に行く。

僕はそんなにたくさん写真集を買う方ではないが、二十代の初め頃に買ったクーデルカの仏語版「エグザイルス」は、今も手元にある。あの頃、何度この写真集のページをめくっただろう。モノクロームの写真に横溢する、孤独と虚無。僕にとっての写真にまつわる原体験の一つは、間違いなくクーデルカの写真だった。

1968年のワルシャワ条約機構軍によるプラハ侵攻を撮影した彼の写真は、マグナムを通じて匿名のまま世界中に配信され、大きな反響を呼んだ。だが、それをきっかけに彼は祖国を逃れ、17年もの間、無国籍のまま、さまざまな土地を彷徨うことになる。どこにも家を持たず、わずかな収入をもとに最低限に生活を切り詰めてまで、彼はなぜ旅を続けたのか。何を見て、何を撮り、何を伝えようとしたのか。彼の作品のオリジナル・プリントを間近で見るのは初めてだったのだけれど、見続けていると、胸の奥の一番深いところを、きゅううっと締めつけられるような気がする。その感情をどう形容していいのか、自分でもよくわからない。

ミュージアムショップで販売されていた瀟洒な装丁の図録を買い、家に帰ってから、ソファでぱらぱらめくる。章と章の間に、クーデルカへのインタビューが挿入されている。その冒頭に、彼のこんな言葉があった。

「ジョセフ、おまえはずいぶん長く旅をしてきたそうだな。どこにも腰を落ち着けることなく、いろんな人に会い、いろんな国であらゆる土地を見てきたんだろう。どこが一番だったか教えてくれ。どこになら腰を落ち着けてもいいと思うんだい?」私は何も答えなかった。そこを発つ時になって彼はまた訊ねた。私は答えたくなかった。でも彼はしつこく訊いてきて、最後にはこう言ったのだ。「ああ分かったぞ。おまえはまだ一番だと思える土地を見つけていないんだな。おまえが旅を続けるのは、まだそんな土地を探しているからなんだろう」「友よ」と私は答えた。「それはちがう。私はそんな場所を見つけないように必死になってがんばっているんだよ」

祖国を離れ、あまりにも長い旅を続けてきた彼の哀しみが、そこににじんでいるような気がした。

包み込むもの

今日はちょっと早起きして、電車に乗って鎌倉へ。材木座のゲストハウス亀時間で開催される、旅人バザールに行く。

去年の旅人バザールでは、僕は品物を持って出店する側の人間で、自分の売り場であたふたしてるうちに何も買えずに終わってしまったのだが、今年は普通に客として、ただただエンジョイするためだけに行った(笑)。ピルスナーウルケルとタコスのおひるを食べつつ、振り切れるくらい個性豊かな今年の出店者のみなさんのブースを見て回る。迷ってると欲しかったものはあっという間に売り切れてしまうので、早々にトリピエさんラオスの手刺繍のコースターなどをゲット。会場は、大盛況ながらものどかな雰囲気。ひさしぶりに会う知人のみなさんともご挨拶とおしゃべりができて、うれしかった。

このイベントのいいところは、誰かしらとつながりのある人も、そうでない人も、みんなをゆるーく包み込んでくれる温かさがあることじゃないかなと思う。去年出店させてもらった時もアウェイ感はまるで感じなかったし、客として訪れた今年も、本当に居心地がよくて、いくらでも会場にいられるんじゃないかと思った。

また来年も、期待してます。

ようやく前へ

終日、部屋で仕事。夏のスピティの写真の整理をしたり、タイ案件で編集者さんとメールでやりとりしたり、その他にもちょこちょこいろいろと。その中でも、一つ、色よいニュースが届いた。

およそ一年前に発案し、ブラッシュアップを重ねて出版社に預けていた新しい本の企画が、ようやく会議の俎上に載る見通しが立ったらしい。来月初めには何かしらの答えが出て、うまくいけば次のステップに進めることになった。自分の中でずっと気を揉んでいた案件の一つだったので、今後の見通しが立っただけでもちょっとほっとした。これで、ようやく前に進めるかもしれない。

今は、出すべき時に自分の力を最大限に出し切れるように、ぬかりなく準備をしておく時期だと思う。周囲のマイナス要因に対して文句を言っても仕方ない。やれることになれば、全力を尽くすだけだ。

取材経費の計算

終日、部屋で仕事。今日のタスクは、タイ取材の取材経費の計算と領収書の整理。

取材期間中、何にいくら遣ったかということについては、タイにいる間に毎晩ノートに整理して書き留めておいたのだが、今日はそれを、エクセルでこしらえた一覧表に一つずつ番号を振って入力して、それに対応する領収書やレシートをA4の紙にホチキス留めして番号を振っていく作業をした。これが、やたらめったら時間がかかる。何しろ、領収書もレシートも、大半がタイ語(苦笑)。一目見たくらいでは何のレシートだか皆目見当もつかないので、目を凝らして日付や金額を頼りに見つけ出さなければならない。結局、昼過ぎから始めたのに、夜中近くまでかかってしまった。

ともあれ、これでもろもろ準備は整った。タイの仕事、決着間近。

相棒のレンズ

台風一過、すかっと晴れた、いい天気。昼、新宿のニコンプラザへ。最近ちょっと調子が悪くなっていた、カメラのレンズの具合を点検してもらいに行く。

このレンズは、普段の撮影でも一番よく使う標準ズームレンズ。たぶん、今まで撮ってきた写真の七、八割くらいは、これを使ってるんじゃないかと思う。「風息」をはじめ、ラダックガイド本も、共同通信社の新聞記事も、先日の「ソトコト」の記事も、このレンズが大事な役割を担ってきた。カメラ本体と同じくらいなじみ深い、長年連れ添った相棒のような存在だ。

今日の点検の結果、工場で一度分解してチェックして、必要な部品は交換するなどして修理した方がいいと言われた。見積りの金額は、メチャクチャ高くもないが、決して安くもない。でも、このレンズにまだ働いてもらえるなら、喜んで修理に出そうと思った。また達者になって戻ってきてもらえるといいな、この相棒に。