いい編集者、ダメな編集者

今日は朝から緊急事態発生で、バタバタしっぱなし。どうにかメドは立ったが、これが不測の事態というやつか‥‥。

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このブログで時々書いている、編集者という仕事についての話。僕もそこそこキャリアが長いので、今までいろんなタイプの編集者の方と仕事をしてきたが、周囲が認める優秀な編集者と、そうでない編集者との間には、どんな差があるのだろう、と折に触れて考えていた。クリエイティブのセンスの優劣というのは、その人の得意分野や読者の好みにも左右されるから、簡単には比べられない。でも、そうではないもっと基本的な部分で、両者の差を分ける決定的な違いがある、と僕は思う。

いい編集者は、スタッフに仕事を「やっていただく」と考える。ダメな編集者は、スタッフに仕事を「やらせる」と考える。

実際、一事が万事、このスタンスの違いがすべてではないだろうか。編集者はあくまで「黒子」であって、間違っても「黒幕」みたいな気分になってはいけないのだ。でなければ、さまざまな業種のスタッフを結束させて、いい本を作れるわけがない。少なくとも僕は、「こいつにやらせとけ」とふんぞり返っているような編集者のために、心を込めて仕事をしようとは思わない。

最近、僕が携わっている仕事で、こういう違いを如実に感じる人々と関わる機会があったので、書いてみた次第。

誠実な本

終日、部屋で仕事。書籍の再校ゲラを突き合わせ、チェックを重ねていく。

こんなことを書いたら関係者全員にボコられそうだけど(笑)、今作っているこの本は、僕が当初思い描いていたよりも、ずっといい本に仕上がりつつあるような気がする。それは僕の能力でも何でもなく、ひとえに今回力を貸してくださっているスタッフの方々のおかげだ。僕一人では、限界値はたかが知れている。

まったく異なる個性や能力を持つ人たちでも、同じビジョンの目標をしっかりと共有して、それぞれの長所を持ち寄って力を合わせると、こういう化学反応が起きるのだろうか。今回作っているのは、別に読んだ人が涙を流して感動するような類の本ではなく、ある意味コテコテの実用書なのだが、本を手に取ってくれた人を裏切らない誠実さは、しっかりと込められているのではないかと思う。

さて、あともう一息。

名曲喫茶

昼、新宿へ。知人のライターさんと、今作っている本の打ち合わせ。

打ち合わせ場所は、新宿東口にある名曲喫茶らんぶる。店の前は何度となく通っていたので場所は知っていたが、中に入ったのは初めて。地下に降りると、入口からは想像もできない広々とした空間。特に何かがスペシャルというわけではないけれど、どこか昔懐かしい、落ちつける雰囲気。つまり、打ち合わせをするにはちょうどいい(笑)。

どうも僕は、カフェと名のつく店よりも、普通のオーソドックスな喫茶店の方が性に合うようだ。でも東京では、こういう昔ながらの喫茶店が、次々に閉店しているという残念な話も聞く。ブルータスやHanakoとかの雑誌で、レトロ喫茶店特集をやって盛り上げてくれたらいいのに。

完成間近

昨日のエントリーでも書いた書籍の仕事は、今がまさに佳境というか、追い込み時。再校のチェックをしている真っ最中で、今週末に念校をチェックして、来週明けに戻せば、無事に校了ということになる‥‥はず。

デザイナーさんから送られてきたカバーデザインの画像を眺めたりしていると、いよいよだな〜、と気分が高揚してくる。思えば長い道程だった‥‥(遠い目)。いわゆるコテコテの実用書なのだが、本の前半部分は自分で原稿を書いてもいるので、思い入れもひとしおだ。

校了後に見本誌が手元に届けば、完成したという喜びをより一層実感できるはず‥‥なのだが、たぶん、その頃にはもう、僕は日本にいない(苦笑)。去年とまったく同じパターンだなあ‥‥。ま、仕方ないか。

楽しみを見つける

僕は今、主に二つの仕事を同時進行で進めている。一つは、今年の初めからずっと取り組んでいる書籍の編集作業。もう一つは、あるお役所からいくつかの会社を経て依頼された、文書の整理作業。

どちらもかなり手間のかかる作業なのだが、書籍の仕事の方は取り組んでいても楽しくて、作業していると、時間が過ぎるのを忘れる。一方、お役所仕事の方は、どうにもこうにもしんどくて、なかなか集中力が湧いてこない。

二つの仕事の差は、僕がその中に楽しみを見つけられているかどうか、なのだと思う。ほんのちょっとしたことでも楽しめる要素を見出せたら、ぐっと気持が楽になるのだが‥‥。なかなか難しい(苦笑)。

早く解脱して、ゆっくり本を読んだり、Apple TVで映画を観たりしたいと思う、今日この頃。