光の射す方へ

午前中から昼過ぎにかけて、書籍のデータ入稿のための連絡業務。ちょこちょこ細かいやりとりはあったものの、午後半ばには、すべてのデータが無事に入稿された。この後、版元と印刷会社との間で色味のチェックなどはあるものの、僕は晴れて、お役御免。長かった‥‥ふー。

夕方、駅前まで晩飯を食べに出かけ、帰りにいつものパン屋で、いつものパンを買う。夏至が近いからか、六時を過ぎてもまだずいぶん明るい。午後のうちに降っていた雨も、いつの間にか止んで、青空が見え始めている。

帰り道の途中にある交差点を曲がった時、西の雲間からパアッと光が射し込んできた。あまりに眩しくて、一瞬、全身が白い光に包まれて、宙に浮き上がったような気がした。僕の少し前を、一人の母親と、三人の子供たちが、横一列に並んで手をつなぎながら歩いている。その中の女の子が一人、「らんららーん、らんららーん」と歌いながら、男の子とつないだ手をうれしそうに振っていた。

光の射す方へ歩いていくその母親と子供たちを眺めながら、僕は、何だかすごく懐かしい気持を思い出したような気がした。

笛入り靴

書籍の作業はあらかた片付いたのだが、緊急の連絡が入るかもしれないということで、自宅待機。ラジオを聴きながらネットをだらだら見たりして過ごす。

ふいに、窓の外、生け垣の向こうから、キュッキュキュッキュという音が聞こえてきた。だんだん近づいてくる。音の鳴る靴を履いた小さな子供が、誰かを追いかけて駆けていっているらしい。音の鳴り方がちょっとたどたどしいので、コケやしないかと心配になったが、泣き声もしないまま、キュッキュという音は次第に遠ざかっていった。

あの音の鳴る靴、何という名前かなと思って調べてみたら、「笛入り靴」というらしい。なんかいいな。笛入り靴。

標高5400メートルの記憶

ちょっとした思いつきで、ブログのデザインを変えてみることにした。背景の木目調のテクスチャを明るい梨地のものにして、ヘッダ部分の写真も入れ替えた。

この写真を撮ったのは、2008年の夏、ラダック南東部の高原地帯、ルプシュ地方をトレッキングで旅していた時のこと。標高約5400メートルのキャマユリ・ラという峠から、遥か彼方、標高4500メートルのところにあるツォ・カル(白の湖)をふりかえった光景だ。

数十歩ごとに膝に手をついて呼吸を整えなければ歩けないほど酸素が薄い場所なのに、足元にはなぜか、小さな黄色い花が一面に咲いていた。二日前に通り過ぎてきたツォ・カルの岸辺には、名前の由来となった、白く凝固した塩の塊が広がっているのが見える。その向こうに連なる山々には、すぐ上に浮かぶ雲が、まだらに影を落としていた。

峠の頂上で、岩に腰を下ろして水筒の水を飲んでいると、馬に跨がった遊牧民の若者が、下から駆け上がってくるのが見えた。こんな途方もない世界で、何物にも縛られることなく、自由に生きている人々がいるのだ。

あの時、頬をなぶっていた風のひんやりとした感触を、僕は今も憶えている。いつか、あの場所に戻る時が来るのだろうか。

「ソーシャル・ネットワーク」

夕方頃までに仕事が落ちついたので、ひさしぶりにApple TVで映画をレンタルした。選んだのは、観たいと思いつつも映画館に行きそびれてしまった「ソーシャル・ネットワーク」。世界最大のソーシャル・ネットワーク・サイト、Facebookの誕生にまつわる実話のエピソードを、デビッド・フィンチャーが映画化した作品だ。

ハーバート大学に通うマーク・ザッカーバーグは、天才的なプログラミング能力の持ち主だが、大学のクラブに入れないことなどを根に持つ劣等感のカタマリ。女の子にふられた腹いせに、大学のサーバをハッキングして女子学生の人気投票サイトを作ってしまうなど、性格は最悪(苦笑)。だが、それが一種のきっかけになって生み出されたFacebookは、あっという間にアメリカを、そして世界を席巻し、5億人のユーザーが集まる巨大ネットワークに成長する。一気に億万長者へと昇り詰めていく過程の裏で、結果的にマークは、何人もの人を、そして唯一の親友をも裏切ることになってしまう‥‥。

友人との関係をよりよいものにするために使われている世界最大のソーシャル・ネットワークが、まさか、こんなギスギスした人間関係の中で生み出されたとは、想像もしていなかった。正直、こんな会社で働きたくはないな(苦笑)。周囲の人との関わりを大切にしてこそ、仕事で何かを成し遂げることに価値や喜びが生まれると思うのだが‥‥。

5億人のユーザーが集まるソーシャル・ネットワークを作り上げた男は、孤独の中にいる。ラストシーンにかすかな救いがあったのでちょっとほっとしたが、現実の世界に生きるマーク・ザッカーバーグは、はたして今、どんな思いでいるのだろうか。

ごはんを食べる

終日、部屋で仕事。週明けの書籍の入稿までは、気の抜けない状態が続く。今日もあれこれバタバタしたが、とりあえずずっと家にいられたので、落ちついて対処できた。

今日のおひるは、例の謎のパン屋でクリームパンやあんぱんを買って、昨日の夜に仕込んでおいたアイスコーヒーと一緒に。夜はひさびさのまともな自炊で、カレーを作って食べた。どちらもうまかった。

ここのところ、仕事の合間にテキトーに食べ物をかっ込むような状態が続いていて、前の日に何を食べたかもろくに覚えていない時もあった。でもやっぱり、食事はしっかり、落ちついてとらなきゃダメだな。それだけで、すーっと気分が鎮まって、性根が据わるような気がする。

困ったことが起こったら、まずは落ちついて、ごはんを食べる。昔観た「サマーウォーズ」という映画で、そんな場面があったことを思い出した。まさにその通り。