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ただただ、それしか

良い文章を書きたい。良い写真を撮りたい。良い本を作りたい。

取材や執筆、編集の仕事に取り組む時、僕は今までずっと、そんな風に自分自身に言い聞かせるようにしながら、対象と向き合ってきたように思う。少しでも良いものを作ることを目指すのは、プロとして果たすべき当然の責務だ、と思っていた。

でも、この間上梓した『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』は、別だった。取材の間も、原稿を書いている間も、編集作業の間でさえ、「良いものを作らなければ」という意識は、ほとんど持っていなかったように思う。

あの冬の旅で、目の前で起こる出来事の一つひとつを、ありのままに、捉え、記録し、伝えよう。ただただ、それしか、考えていなかった。映える写真を撮ろうとか、上手い文章を書こうとか、1ミリも考えていなかった。本当に心の底から伝えたいと思える出来事を伝えるために、ただただ、無心で、全力を振り絞り続けた。

考えてみたら「良いものを作る」というのは、プロなら当たり前のことで、意識するまでもなく脊髄反射的にできなければならない作業なのだ。それよりも大切なのは、対象に対して完全に集中して、ありのままに伝えること。少なくとも僕にとっては、それが一番大切にすべきことなのだと思う。

この歳になって、ようやく、一冊の本で、それをまっとうにやり遂げることができたような気がする。

次への助走

緊急事態宣言の下、特定警戒都道府県に指定されている東京で過ごす、ゴールデンウイーク。そんな状況下で僕は何をしているかと言うと、ほぼ毎日、原稿を書いていたりする。

先月初めに、とある企画をとある出版社に提案したのだが、その企画が、具体的に社内で検討していただけることになった。企画を検討の俎上に載せる際、サンプルとなる原稿がいくつかあればという話になったので、連休中はそのサンプル用の原稿を書いている、というわけだ。

ほんの1週間ほど前に新刊を出したばかりで、世の中は国内も国外も何だかよくわからない無茶苦茶な状況なのに、すぐにまたこうして新しいプロジェクトに取り組めるというのは、ありがたいことだなと思う。企画が正式に通れば、しばらくの間は、また自宅でひたすら原稿を書き続けることになる。書くための素材はすべて手元にあるから、あらためて取材に出かける必要はない。今は、ライターも写真家もどこにも取材に行けない状況だから、そういう意味でもこの企画がうまくいくといいな、と思っている。

次の本への助走は、もう始まっている。今度も、うまく跳べますように。

旅の終わり、旅の始まり

冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』、本日校了。デザイナーさんと編集者さん、印刷会社の担当者さんが、最後の最後までこだわって、データ一式を仕上げてくれた。この後、印刷、製本、配送を経て、4月末には、書店の店頭やネット書店で発売されることになる。

長い旅だったなあ、と思う。去年の1月上旬に渡印して、約4週間、真冬のザンスカールを旅して。3月に帰国して、国内の仕事に復帰してからも、ずっと心ここにあらずという感じで、あの冬の旅についてどんな風にして言葉を刻んでいくか、そのことばかりを考えていた。原稿を書き続けていた日々も、編集作業に没頭していた日々も、僕にとってはずっと、あの冬の旅の続きだった。

その旅も、ようやく、終わった。これからは、完成した一冊々々の本が、一人ひとりの読者の元に届いて、それぞれの旅を始める。どんな風に受け取られるのか、緊張するし、怖くもあるけれど、でもやっぱり、楽しみで仕方がない。

緊急事態宣言なるものが発令され、各地の書店でも短縮営業や臨時休業が相次いでいる現状は、本の売上にもマイナスに作用するだろう。ただ、実のところ、僕はあまり悲観も心配もしていない。『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』は、これから20年、30年経ってからでもしっかり読んでもらえるような、持続性と耐久力のある内容にしている。たぶん、僕の残りの寿命よりも、ずっと長生きするだろう。だから、届くべき人の元には、いつか必ず届いて、それぞれの旅を紐解いてくれる。そう信じている。

『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』

冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ
文・写真:山本高樹
価格:本体1800円+税
発行:雷鳥社
A5変形判288ページ(カラー77ページ)
ISBN978-4-8441-3765-8
配本:2020年4月下旬

書き下ろしの旅行記としては約11年ぶりに、新刊を上梓します。インド北部、ヒマラヤの西外れに位置するチベット文化圏、ザンスカール地方を、真冬に旅した時の記録です。

凍結した川の上に現れる幻の道チャダルを辿り、雪崩の頻発する豪雪地帯ルンナク渓谷を抜け、最深部にある僧院、プクタル・ゴンパで真冬に催されるグストル祭を取材しました。約4週間に及ぶ旅の中で、起こった出来事、出会った人々、一つひとつのエピソードを克明に綴っています。

この本に書き記した内容は、もしかすると、あと10年もしないうちに、ザンスカールからすっかり失われてしまうかもしれません。それでも、いや、だからこそ、この本を作っておきたい、と僕は強く思いました。この本が、一人でも多くの読者の方のもとに届くことを願っています。

校正という仕事

昨日は午前中から出版社で打ち合わせ。今作っている本の初校に、外部の校正者の方がチェックを入れてくれたゲラを受け取った。

校正者の方が赤ボールペンで指摘してくれた明らかな誤字脱字や文法上の間違いは、ほんの数える程度だった。ただ、それ以外に鉛筆書きで書き込んでくれていた「明らかな間違いではないけれど、ここはこうする選択肢もあるかも」「ここはあえてこうしているんでしょうが、一応念のため」といった内容の指摘の数々が結構多かった。

書き手にとって、鉛筆書きでのそうした提案や指摘、確認をしてもらえることは、ものすごく助かる。書き手一人のものの見方や考え方に囚われず、客観的にその文章の正確さを判断することができるからだ。編集者もそういう役割の一端を担うことはあるが、彼らは主に内容の方向性や良し悪しを判断する立場なので、文章そのものを微に入り細に入りチェックし、日本語としてのクオリティを上げるという作業では、プロの校正者にはかなわない。

自分の書いた文章が、こんな風にしてさまざまな人の手を経て、一冊の本として仕上がっていくのは、本当に、著者冥利に尽きる。