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「プレーム兄貴、王になる」

この「プレーム兄貴、王になる」、実は今まで全編通して観たことがなかった。IFFJ2016での上映時にはタイ取材で観る機会がなく、エアインディアの機内上映では割といつも用意されていたのだが、それで逆に「機内で今見逃すともうチャンスないかも」という他の作品をつい優先してしまっていた。今週から近所のアップリンク吉祥寺で上映が始まったので、ようやく観ることができた次第。

しがない下町劇団の役者プレームは、災害現場で支援活動をしていた時に見かけたマイティリー王女に憧れて、王女のNGOへの寄付金をせっせと集めている。その王女が、婚約者のヴィジャイ王子の即位式に参列すると聞きつけたプレームは、役者仲間のカンハイヤとともに寄付金を持ってバスでプリータムプル王国へ。ひょんなことから王国の城に招かれたプレームは、密かに地下室で治療を受けていた、暗殺されそうになって重傷を負ったヴィジャイ王子を見て、驚く。王子の顔は、まるでプレームの生き写しのようにそっくりだったのだ……。

これ以上ないくらい王道のインド映画だ。華やかな王族たちの間に突如現れた、完全無欠の善人の主人公。彼の無償の愛が、人々のわだかまりを解きほぐし、めでたしめでたしの大団円へと導いていく。きらびやかなロケ地やセット、ふんだんに披露されるダンスシーンなど、往年のインド映画が備えていた、いい意味での「お約束」が随所に散りばめられていて、すっかり安心して観ていられる。逆に言うと、物語として予想を覆すような展開はほとんどないのだが(そこをあっさり端折りますか的なツッコミを入れたい箇所はあるが)、この作品はあえてそういうおとぎ話のような造りにしているのだと思う。

これは「お約束」を楽しむための映画なのだ。インドの人々が現実をつかの間忘れ、夢の世界に浸るための。僕も約3時間、とっぷり浸らせてもらった。

「巡礼の約束」

岩波ホールで公開が始まったチベット映画「巡礼の約束」を観に行った。チベット人のソンタルジャ監督の前作「草原の河」は日本で初めて商業公開されたチベット映画で、静謐な気配に満ち満ちた印象的な作品だったので、今作も楽しみにしていた。

ギャロン地方の山間に暮らしていた、ロルジェとウォマの夫婦。ある日突然、ウォマは「五体投地礼でラサまで巡礼に行く」と言いはじめる。理由を訝り、諫めるロルジェだが、ウォマは聞く耳を持たず、ラサへと出発してしまう。やがてロルジェと、ウォマと離れて暮らしていた前夫との息子ノルウが巡礼に合流する。つかの間訪れる、三人の穏やかな時間。しかし、ウォマは、ロルジェに対して大きな秘密を抱えていた……。

この映画の原題「阿拉姜色(アラ・チャンソ)」は、チベットの民謡の名前で、劇中にも印象的な形で登場する。それもとても良い題だが、邦題の「巡礼の約束」も、この映画のテーマにぴたりとフィットしていて、良いアイデアだなあと思った。夫から妻へ、母から息子へ、受け継がれていく、巡礼の約束。個人的には、特にロルジェが損な役回りすぎて不憫で仕方なかったが、行き場のない愛情とやりきれない思いを抱えて巡礼のバトンを受け取る彼の祈りの姿には、胸を打たれた。

良い映画です。チベット好きの方は、ぜひに。

「Simmba」

台湾からの帰りの飛行機の機内で、インド映画「Simmba」を観た。「ガリーボーイ」の公開で日本でもよく知られるようになったランヴィール・シンが主演。監督は「チェンナイ・エクスプレス」のローヒト・シェッティー。

身寄りのない孤児として育ったシンバは、幼い頃からの「警官になって権力を握る」という夢を実現し、警部としてやりたい放題の放埒な日々を送っていた。赴任先のミラマーでも、地元の黒幕ドゥルバーの悪行を黙認どころか加担までする始末。しかし、妹のように目をかけていた医学生アクリティの身に起こった事件を機に、シンバの生き様も大きく変わることになる……。

今回のランヴィールは、珍妙な髭をたくわえ、軽妙な台詞をマシンガンのようにまくしたてる、コミカルな役。「ガリーボーイ」のムラドとも、「パドマーワト」のアラーウッディーンとも全然違う役で、ある意味、CMの「チンさん」に一番近い(ローヒト・シェッティーも以前このCMの監督を担当しているし)。この「Simmba」でも、軽薄ながらもキメる時はキメてくれて、観終わった後にすっきりさせてくれるような役回りなのかな、と思っていたのだが、さにあらず。

インドではしばらく前から、フェイク・エンカウンター(偽装遭遇戦)という事象が社会問題になっている。警察や軍が、犯人が刃向かったとでっち上げて、自分たちで超法規的に粛清してしまうというものだ。理由は、凶悪犯罪だが裁判による立証が難しいとか、警察や軍にとって都合の悪い犯人の口封じとか、いろいろあるようだが、いずれにしても、まっとうな方法ではない。去年の暮れにも、ハイデラバードで起きた集団レイプ殺人事件の犯人4人が、現場検証に連れ出された際に「警官から銃を奪って発砲したため」その場で射殺される、という事件が実際に起こったばかりだ。

ネタバレになるので詳細は書かないが、「Simmba」では終盤、フェイク・エンカウンターによる粛清を礼賛していると受け取られかねない展開があって、観終えた後の後味は、正直言ってすこぶる苦い。娯楽映画なのだから、もっとまっとうに、知恵と勇気と人情で逆境を跳ね返す展開にできなかったものか……。そのあたり、かなり残念だった。

「ウスタード・ホテル」

9月のインディアン・ムービー・ウィークで気になってたものの、時間が取れなくて見逃していた、マラヤーラム映画「ウスタード・ホテル」。新宿ピカデリーで再上映されると聞いて、今度こそは、と無理やり都合をつけて観に行った。

幼くして母を亡くし、4人の姉に囲まれて育ったファイジは、料理が好きで、シェフになるのを夢見ている。彼に実業家の道を歩ませたい父親に嘘をつき、留学先のスイスで料理を学び、ロンドンのレストランでの就職も決まっていた。しかし、故郷のインドに一時帰国した時にその嘘がばれ、父親にパスポートとカードを取り上げられてしまう。行き場に困ったファイジは、海辺で安食堂を営む祖父の元に身を寄せるが……。

この作品、とにかく、ビリヤニに尽きる。独特のレシピで作られるマラバール・ビリヤニが、もう、ほんとに、めちゃくちゃうまそうで。それが画面を通してグイグイ伝わってきて、台詞だけでは伝わらない説得力を映画に持たせている。物語としては正直、練り込みが甘いんじゃないかという部分、展開を端折りすぎなんじゃないかという部分もちらほらあるのだが、ビリヤニをはじめとするウスタード・ホテルの料理の説得力がすごくて、それで帳消しになっていた感もある。逆に言えば、たとえば敵役に窮地に追い詰められてからの逆転の展開などを、もっと料理そのものに軸を置いたアイデアにした方が、この映画のテーマにより近い仕上がりになったかもしれない、とも思う。

「腹を満たすだけの料理は誰にでも作れる。でも、心を満たす料理は本物の料理人にしか作れない。それには、最高のスパイスが必要なんだ」という意味だったと思うのだが、カリームじいさんのこの台詞がカッコよくて、思い返しても、しみじみしみる。

「ジェントルマン」

ここ最近、仕事で根を詰め続けてるので、息抜きがしたくなって、今日はオフ。キネカ大森にインド映画「ジェントルマン」を観に行った。

マイアミで大企業の営業担当として働くゴーラブは、イケメンで仕事もできるけれど、あらゆることに安定志向で、ガールフレンドのカヴィヤにも退屈がられている。一方、インドでは、彼と瓜二つの顔を持つ男リシが、政府の秘密組織の工作員として、苦悩を抱えながらも暗躍していた。ゴーラブとリシをめぐる謎。彼の正体とは……。

今日は本当に、頭を完全にカラッポにして、何にも考えずにスクリーンを見続けて、あー、すっきりした!と思いながら映画館を後にしたかったので、実際にその通りの気分を味わうことができて、満足。物語としては、ゴーラブとリシをめぐる謎がこの作品最大の仕込みどころで、その後はどうやって話をうまく畳むか、作り手もちょっと悩んだのではないかなと思う。アクション映画にしては、主人公が絶体絶命のピンチに追いやられる場面はほとんどなくて、良くも悪くも危なげなさすぎたし、悪役たちの店じまいのされ方も、至極あっさりしていた印象だった。

でもまあ、いいか。すっきりしたし。これはそういう楽しみ方をする映画だと思う。こういう映画も、あっていい。