Tag: India

「ヴィクラムとヴェーダー」

不穏な雰囲気の世の中ではあるが、マスクと消毒液持参で、混む列車と繁華街を避けまくり、アップリンク渋谷へ。インド大映画祭の「ヴィクラムとヴェーダー」を観に行った。これはどうしても、日本語字幕付きのスクリーンで、見届けておきたかったのだ。平日の初回だったこともあって、場内は空いていて、ちょっとほっとした。

殉職した警官の父を持つヴィクラムは、自身も警官として、相手が悪党であれば射殺も厭わない非情さで、ギャング組織の黒幕であるヴェーダーを追っていた。ギャング同士の抗争に見せかけて、次々とヴェーダーの手下を始末していく、ヴィクラム率いる警察の偽装襲撃チーム。そんな中、突如、ヴェーダー本人が警察署に出頭してくる。他の誰に対しても固く口を閉ざしていたヴェーダーだったが、ヴィクラムが取調室に現れると、饒舌に自身の過去を語りはじめる……。

いや、これ、すごい。すごい作品だ。他の人のレビューに「あまりにも人が死に過ぎる」という意見があって、まあ確かにそうなのだが、ギャング同士の抗争とか、酷過ぎる警察とか、そもそも死人が出やすい物語設定だし、そのあたりがマイルドだと、この作品の「善と悪の境界線」というテーマが、重みを失ってしまうように思う。善とは何か、悪とは何か、誰が、何を基準にそれを決めるのか。ヴェーダーの問いかけに、ヴィクラムの信じていたものが、不確かに揺らいでいく。

R・マーダヴァンとヴィジャイ・セードゥパティの二人は、どちらも渋くて凄味があって、ずしりと重い(そしてほんの時々カルい)演技が、とてもよかった。なかなか先を見通せないストーリー、伏線の巧みさ、まさか!の展開、そこで終わるのかよ!のラスト。ほんと、いろいろ衝撃だった。観ておいてよかった……。

十年分の素材

午後、玉川学園前で取材。ひさしぶりに、今季初の大学案件。

コロナウイルス禍に世界が翻弄されている昨今、同業者でも特に旅を主戦場にするライターやカメラマンの方々は、取材などの仕事が吹っ飛んだりして、大変そうだ。僕も少なからず影響は受けているが、それでも今日みたいに普通に国内での仕事の依頼をもらえる境遇にあるのは、まだ恵まれている方だろうなと思う。まあ、国内は国内でどこの企業もいろいろ大変なので、例年よりは仕事の本数も目減りするとは思うが。

そんな状況なのだが、実は思いの外、次の目標はすんなりと定まりつつある。

来月刊行される予定の本の原稿を書き上げた時、うまく言えないが、自分の中で何かがすとんと腑に落ちたような、とてもすっきりした気分になった。それと同時に、2009年に書いた最初の本「ラダックの風息」と、今回の本との間に流れた十年間の歳月の中で、自分があの土地でやってきたことをすっかり振り返って、整理し直し、今までやってこなかった別の形でまとめることができそうな感覚が、掴めてきたのだ。それもこれも、今回の本を書く過程で、自分の中で腑に落ちたものがあったからこそだと思うが。

いったん思いつくと、構成のアイデアは、次から次へと出てくる。各年の取材ノートも残っている。写真ももちろん残っている。十年分の素材が手元にある。家にいながらにして取り組めることが、文字通り、山のようにある。

まずは来月出す本をきっちり仕上げて、その後は、それらのアイデアに取り組もうと思う。がんばろ。

「地球の歩き方インド 2020〜2021」

新型肺炎流行の影響で、日本からインドへの入国が不可能になったばかりというめっちゃ泣けるタイミングですが(苦笑)、「地球の歩き方インド 2020〜2021」が来週末頃から発売されます。

この2020〜2021年版では、制作スタッフの交替を含めて大幅なリニューアルが行われていて、僕は今回から、取材・撮影・執筆・編集スタッフとして参画しています。具体的には、ザンスカールについての巻頭グラビア記事6ページのほか、アムリトサル、シムラー、ダラムサラ、マナリ、キナウル、スピティ、ラダックといった地域のページを担当。写真はもちろん自前ですし、文章も担当範囲内はすべてゼロから書き直して、地図やページレイアウトも再構成しています。

特にラダックやスピティに関しては、拙著「ラダック ザンスカール スピティ[増補改訂版]」ほどの緻密さはないですが、他のガイドブックには負けない情報密度になっていると自負しています。ラダックへのパッケージツアーに持っていく程度の用途であれば、これで十分かと。

この最新版を持って、ぜひインドへ!と言えないご時世なのが、ほんと、何だかなあという感じですが(苦笑)、入国がまた可能になったらすぐ行くぞ!と予習に励みたい方は、お手元に一冊キープしておいていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

インドビザ無効化

昨日の夕方、急に、これまでに発給されている日本人向けのインドのビザはすべて無効になる、と発表された。新規のビザの申請は一応大使館で受け付けているようだが、おそらくほぼ不可能だろう。これからしばらくの間、日本からインドに行くことはできなくなった。

あと10日くらいしたら、僕も取材や執筆・編集で関わっている「地球の歩き方インド」の最新版が発売されるのだが、よりによって、このタイミングとは……(苦笑)。今年の夏の催行を計画していたラダックやザンスカールでのツアー企画も、実現は非常に厳しくなった。まったくもって、やれやれである。

とりあえず今は、目の前の仕事……来月出る新しい本の編集作業に、集中しなければ。刊行記念トークイベントも延期にする可能性が出てきたけど、それも含めて、その時その時に選べる最善の選択肢を、選んでいくしかない。

「プレーム兄貴、王になる」

この「プレーム兄貴、王になる」、実は今まで全編通して観たことがなかった。IFFJ2016での上映時にはタイ取材で観る機会がなく、エアインディアの機内上映では割といつも用意されていたのだが、それで逆に「機内で今見逃すともうチャンスないかも」という他の作品をつい優先してしまっていた。今週から近所のアップリンク吉祥寺で上映が始まったので、ようやく観ることができた次第。

しがない下町劇団の役者プレームは、災害現場で支援活動をしていた時に見かけたマイティリー王女に憧れて、王女のNGOへの寄付金をせっせと集めている。その王女が、婚約者のヴィジャイ王子の即位式に参列すると聞きつけたプレームは、役者仲間のカンハイヤとともに寄付金を持ってバスでプリータムプル王国へ。ひょんなことから王国の城に招かれたプレームは、密かに地下室で治療を受けていた、暗殺されそうになって重傷を負ったヴィジャイ王子を見て、驚く。王子の顔は、まるでプレームの生き写しのようにそっくりだったのだ……。

これ以上ないくらい王道のインド映画だ。華やかな王族たちの間に突如現れた、完全無欠の善人の主人公。彼の無償の愛が、人々のわだかまりを解きほぐし、めでたしめでたしの大団円へと導いていく。きらびやかなロケ地やセット、ふんだんに披露されるダンスシーンなど、往年のインド映画が備えていた、いい意味での「お約束」が随所に散りばめられていて、すっかり安心して観ていられる。逆に言うと、物語として予想を覆すような展開はほとんどないのだが(そこをあっさり端折りますか的なツッコミを入れたい箇所はあるが)、この作品はあえてそういうおとぎ話のような造りにしているのだと思う。

これは「お約束」を楽しむための映画なのだ。インドの人々が現実をつかの間忘れ、夢の世界に浸るための。僕も約3時間、とっぷり浸らせてもらった。