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重箱の隅をつつく

毎日、ひたすら、本の原稿の推敲作業に、没頭している。

内容的な面での見直しは一応終わっていて、今週からは、より細かい部分に焦点を合わせた見直しに取り組んでいる。具体的には、草稿のテキストファイルを画面左に置き、中央に新しいファイルのウインドウを開いて、最初から一文字ずつ、草稿を見ながら打ち直している。表記がばらつきがちな単語は、画面右に置いたもう一つのファイルのウインドウに表記をメモしていく。11万字をゼロから打ち直すので、手間は恐ろしくかかるのだが、自分的には、一番いいやり方だと思っている。

ゼロからテキストを打ち直していると、草稿を目で読み返していただけでは気付かなかった、細かい修正点に行き当たる。たとえば、空港で飛行機から滑走路に下りる場面で、草稿では「タラップを降りて、機外に出る」と書いていたのだが、よく考えると、タラップを降りる前に、すでにドアから機外には出ているわけだ。「機外に出て、タラップを降りる」とした方が、より矛盾のない描写になる。こういう、文字通り重箱の隅をつつくような細かい修正点を洗い出して、納得がいくまで直していく。それが、僕の推敲のやり方だ。

ひたすら重箱の隅をつつきまくって、原稿の精度を上げていく。本を一冊書くのも、なかなか、しんどい。

「Simmba」

台湾からの帰りの飛行機の機内で、インド映画「Simmba」を観た。「ガリーボーイ」の公開で日本でもよく知られるようになったランヴィール・シンが主演。監督は「チェンナイ・エクスプレス」のローヒト・シェッティー。

身寄りのない孤児として育ったシンバは、幼い頃からの「警官になって権力を握る」という夢を実現し、警部としてやりたい放題の放埒な日々を送っていた。赴任先のミラマーでも、地元の黒幕ドゥルバーの悪行を黙認どころか加担までする始末。しかし、妹のように目をかけていた医学生アクリティの身に起こった事件を機に、シンバの生き様も大きく変わることになる……。

今回のランヴィールは、珍妙な髭をたくわえ、軽妙な台詞をマシンガンのようにまくしたてる、コミカルな役。「ガリーボーイ」のムラドとも、「パドマーワト」のアラーウッディーンとも全然違う役で、ある意味、CMの「チンさん」に一番近い(ローヒト・シェッティーも以前このCMの監督を担当しているし)。この「Simmba」でも、軽薄ながらもキメる時はキメてくれて、観終わった後にすっきりさせてくれるような役回りなのかな、と思っていたのだが、さにあらず。

インドではしばらく前から、フェイク・エンカウンター(偽装遭遇戦)という事象が社会問題になっている。警察や軍が、犯人が刃向かったとでっち上げて、自分たちで超法規的に粛清してしまうというものだ。理由は、凶悪犯罪だが裁判による立証が難しいとか、警察や軍にとって都合の悪い犯人の口封じとか、いろいろあるようだが、いずれにしても、まっとうな方法ではない。去年の暮れにも、ハイデラバードで起きた集団レイプ殺人事件の犯人4人が、現場検証に連れ出された際に「警官から銃を奪って発砲したため」その場で射殺される、という事件が実際に起こったばかりだ。

ネタバレになるので詳細は書かないが、「Simmba」では終盤、フェイク・エンカウンターによる粛清を礼賛していると受け取られかねない展開があって、観終えた後の後味は、正直言ってすこぶる苦い。娯楽映画なのだから、もっとまっとうに、知恵と勇気と人情で逆境を跳ね返す展開にできなかったものか……。そのあたり、かなり残念だった。

この一行のために

夏からずっと取り組んでいる本の草稿の執筆も、そろそろ終盤に差し掛かってきた。

今日は、この本の中で、一番大切な部分の文章を書いた。全体を書き始める前から常にイメージし続けていた文章だし、そもそも現地で取材していた時から「この話は、何が何でも書かねば」と思い詰めていた文章でもあった。この本を作るというプロジェクトそのものを、僕に決意させた文章だ。

書く作業自体には、何の迷いも苦労もなかった。頭の中で、長い間、ずっと思い浮かべてきた文章だったし。でも、慎重に書き終えて、読み返して確認し、形を整え終えたとたん、ほっとして、かくっ、と力が抜けてしまった。ようやく、これを書くことができた。この一行のために、ここまで10万字以上、積み重ねてきたのだ。

本全体を締め括るまで、あともう数千字から1万字くらいは書かなければならないし、その後は果てしのない推敲作業が待っている。台割も確定させて、写真を膨大な数の中からセレクトしなければならない。編集作業、校正作業、色校チェック……道程は、まだまだ遠い。

でも、今日はもういいや。力が抜けた。今夜は寝る前に、ボウモアでオンザロックを作って、ちびちび啜ろうと思う。

「ウスタード・ホテル」

9月のインディアン・ムービー・ウィークで気になってたものの、時間が取れなくて見逃していた、マラヤーラム映画「ウスタード・ホテル」。新宿ピカデリーで再上映されると聞いて、今度こそは、と無理やり都合をつけて観に行った。

幼くして母を亡くし、4人の姉に囲まれて育ったファイジは、料理が好きで、シェフになるのを夢見ている。彼に実業家の道を歩ませたい父親に嘘をつき、留学先のスイスで料理を学び、ロンドンのレストランでの就職も決まっていた。しかし、故郷のインドに一時帰国した時にその嘘がばれ、父親にパスポートとカードを取り上げられてしまう。行き場に困ったファイジは、海辺で安食堂を営む祖父の元に身を寄せるが……。

この作品、とにかく、ビリヤニに尽きる。独特のレシピで作られるマラバール・ビリヤニが、もう、ほんとに、めちゃくちゃうまそうで。それが画面を通してグイグイ伝わってきて、台詞だけでは伝わらない説得力を映画に持たせている。物語としては正直、練り込みが甘いんじゃないかという部分、展開を端折りすぎなんじゃないかという部分もちらほらあるのだが、ビリヤニをはじめとするウスタード・ホテルの料理の説得力がすごくて、それで帳消しになっていた感もある。逆に言えば、たとえば敵役に窮地に追い詰められてからの逆転の展開などを、もっと料理そのものに軸を置いたアイデアにした方が、この映画のテーマにより近い仕上がりになったかもしれない、とも思う。

「腹を満たすだけの料理は誰にでも作れる。でも、心を満たす料理は本物の料理人にしか作れない。それには、最高のスパイスが必要なんだ」という意味だったと思うのだが、カリームじいさんのこの台詞がカッコよくて、思い返しても、しみじみしみる。

「ジェントルマン」

ここ最近、仕事で根を詰め続けてるので、息抜きがしたくなって、今日はオフ。キネカ大森にインド映画「ジェントルマン」を観に行った。

マイアミで大企業の営業担当として働くゴーラブは、イケメンで仕事もできるけれど、あらゆることに安定志向で、ガールフレンドのカヴィヤにも退屈がられている。一方、インドでは、彼と瓜二つの顔を持つ男リシが、政府の秘密組織の工作員として、苦悩を抱えながらも暗躍していた。ゴーラブとリシをめぐる謎。彼の正体とは……。

今日は本当に、頭を完全にカラッポにして、何にも考えずにスクリーンを見続けて、あー、すっきりした!と思いながら映画館を後にしたかったので、実際にその通りの気分を味わうことができて、満足。物語としては、ゴーラブとリシをめぐる謎がこの作品最大の仕込みどころで、その後はどうやって話をうまく畳むか、作り手もちょっと悩んだのではないかなと思う。アクション映画にしては、主人公が絶体絶命のピンチに追いやられる場面はほとんどなくて、良くも悪くも危なげなさすぎたし、悪役たちの店じまいのされ方も、至極あっさりしていた印象だった。

でもまあ、いいか。すっきりしたし。これはそういう楽しみ方をする映画だと思う。こういう映画も、あっていい。