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運命の巡り合わせ

運命の巡り合わせ、という言葉がある。その人にとって、偶然という一言で片付けるには不可思議に思えるような出来事がいくつか続いた時に、よく使われる言葉だ。

僕は数年前から、とても個人的な動機で、アラスカを取材をしている。その動機が生まれた背景には、いくつかの出来事があったのだが、それらについて近しい人に話すと、ほとんどの人が口を揃えて「それは運命の巡り合わせじゃないですか」と言う。確かに、そう言いたくなるのもわかるような、不可思議としか言いようのない符合が(20年以上前から)あった。でも僕自身は、それらの出来事を「運命の巡り合わせ」という言葉であっさり片付けてしまいたくはない、という気持でいる。

この世界は、目には見えない運命というものに支配されてなどいない。人が生きていく中で起こるたくさんの出来事の中から、何を感じ、何を選び、何をするのかは、その人自身が決めることだ。そうして選んだ道は、時には、もしかするとどん詰まりになるかもしれないけれど、そうなったとしても、僕は後悔はしない。自分で考えて、選んだ道だから。

運命なんか、アテにして、たまるものか。

ランダム表示

このサイトのヘッダに表示される写真を、アクセスのたびにランダムに表示が切り替わる形に変更してみた。特に深い理由はなく、単なる気まぐれで。

写真は今のところ、合計で6枚。いずれもアラスカで撮影した写真。気が向けば、また何の前触れもなく、しれっと追加するかもしれない。それもまた、気まぐれで。

アラスカの写真と、そして文章。いつか、納得のできる形で、まとめられるといいなと思っている。それがいつになるのか、今はまだ皆目見当もつかないけれど。

太陽の光

午後、多摩方面で取材。いつもよりややプレッシャーのかかる取材だったけど、どうにか無事に終える。帰りに立川で味噌ラーメンを食べ、三鷹ではコーヒー豆などを補充し、家路につく。

いつのまにか、すっかり日が長くなっているのに気付く。6時近くになっても、まだだいぶ明るい。太陽の光が降り注ぐ時間が長くなれば、それだけ大地が温まる時間が増える。季節はそうして巡っている。

太陽の光は、地球上のほぼすべての生命のエネルギーの源だ。そのかけがえのなさは、アラスカを旅していると特に強く感じる。同じ面積で比べると、極北の大地が受け取れる太陽エネルギーの量は、熱帯などよりもはるかに少ない。長く厳しい冬と、一瞬の夏。ほんのささやかな光を糧に、ツンドラの生き物たちは命をつないでいる。その儚さと、だからこそ持ちうる強さに、心を打たれる。

あちらではそろそろ、雪が解けて、あたり一面がぬかるみになる頃だ。クマたちも、目を覚ましているかもしれない。

風の冷たさ

この冬、外を出歩く時にはほぼ必ず、ニットキャップをかぶっていた。寒い場所にいる時、外に逃げていく体温のうち約4割は頭からだと言われている。実際、いったん慣れてしまうと、ニットキャップなしで外に出たら、頭がスースー感じてどうにも落ち着かなくなってしまった。

先日の冬のアラスカへの旅にも、もちろん持って行った。だいぶ昔に買って以来愛用している、モンベルのシンプルなフリースのキャップ。今までこれで不自由を感じたことは一度もなかったのだが、今回は違った。完全に役不足だった。

原因は、風だ。冬のアラスカを吹く風は、とてつもなく冷たい。外気温がマイナス15℃程度でも、風がなければ、普通に厚着した程度でもどうにか耐えられる。でも風が吹くと、ほんの数分もじっとしていられないほど寒く感じる。正直、身体に危険を感じるほどの冷たさなのだ。今回のフリースキャップには、そんなアラスカの風を遮れるほどの遮風性はなかったので、帽子の上から上着のフードをかぶらなければならなかった。

今度行く時は、ウインドストッパー素材で覆われた、がっちりしたやつを持っていかねば……だんだん、極地探検みたいな装備になってきたな……。

春、夏、秋、冬、ぬかるみ

この間、アラスカで滞在したロッジで、オーナー一家の若夫婦が、アラスカの四季の移り変わりについて、こんなことを話してくれた。

「ここでは、4月と5月は雪解けでそこら中がぬかるんでしまって、大変なんだ。どこに移動するにも苦労する。スノーモービルは使えなくなるし、水上飛行機を使おうにも湖面には氷が残ってる。そういう時期が過ぎて、僕らの感覚では、6月が春。7月が夏。8月が秋」

「……あとは全部、冬なんだね(笑)。一番好きなのはどの季節?」

「それはものすごく難しい質問だなあ……。どの季節も、毎日、違う表情がある。年によっても全然違う。だから、全然飽きないんだよ」

アラスカの原野で、日々を生きていくことの、厳しさと愉しさ。朗らかに笑いながら話してくれる彼らが、本当に羨ましかった。