家のかたち

10日ほど前、郵便受けに一枚の紙が入っていた。近所にある家の取り壊し工事が始まるので、作業中はご迷惑をおかけします、という案内だった。

僕が住んでいる界隈は住宅街で、中には相当古くて建物自体に問題のありそうな家も少なくなかったから、たぶんそういう家の取り壊しだろうと思っていたのだが、いざ工事が始まってみると、僕の住んでいる部屋から生垣と細い道路を挟んで斜向かいにある家だったことがわかった。けっして新しくはなかったが、別にボロくなっていた印象もなく、軒先と塀の間に植えられた木々も丁寧に手入れされていた。住人の方との面識はなかったけど、感じのいい家だなあ、といつも思っていた。

鳶職の人たちが威勢のいい掛け声を交わしながら、家の周囲に鉄パイプの足場を作り、防護用のビニール幕を張り巡らす音が聞こえてきた。翌日にはトラックがウインカーを鳴らしながら重機を運び込み、それから数日、昼の間は、バリバリバリ、という破壊音が間断なく響き続けた。そして再びトラックがウインカーを鳴らしながらやってきて、瓦礫を積んで運び出していく音が聞こえた。

静かになった向かいの敷地の前を、ひさしぶりに通り過ぎた。張り巡らされたビニール幕の一部が入口として開けられていた。その内側には……何もなかった。ささくれ立った木材の破片の山に囲まれて、小型のショベルカーが一台停めてあるだけだった。わかってはいたけれど、その光景は、ちょっとショックだった。

今の部屋に住みはじめてから10年近く、ほとんど毎日のように、その前を行き来していた家。そこには、住んでいた人々の日常の記憶が、みっしりと詰まっていたはずだった。家のかたちが消え失せたら、記憶はどこに行くのだろう。誰かが胸の裡に抱き続けていくのか。虚空に宙ぶらりんになったままなのか。

家というものについて、あらためて、いろいろ考えさせられた。

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