「知らなかった」でいいの?

チベット本土で今、僧侶をはじめとするチベット人たちによる焼身自殺が相次いでいる。今年三月、アバのキルティ・ゴンパの若い僧侶が焼身自殺したのを皮切りに、アバやカンゼで、若い僧侶や尼僧、一般のチベット人たちが、次々と焼身自殺を遂げているのだ。今日、デリーの中国大使館前で焼身自殺を試みた男性を含めると、その数、なんと12人。異常としか言いようがない。

自らの命と引き換えに彼らが訴えているものは、みな同じ。50年前から続いている、中国当局がチベット人とチベット仏教に対して行っている理不尽な弾圧をやめるように、中国に、そして国際社会に対して訴えかけているのだ。

焼身自殺という手段自体は、決して称賛すべきやり方ではない、と僕は思う。でも、そういう最後の手段を選ばざるを得ないほど、チベット本土の人々はあらゆる面で追い詰められている。自由も、宗教も、文化も、誇りも‥‥心そのものまで、無惨に踏みにじられて。そして、焼身自殺でもしなければ振り向いてもらえないほど、国際社会の人々の関心が薄いということも、彼らがそういう手段を選んでしまう一因となっている。

三年前にチベットで起こった騒乱の時、六本木の抗議デモに集まった何千人もの人々は、もう、チベットのことはすっかり忘れてしまったのだろうか? あれからチベットでは、何も変わっていないし、何も終わっていない。むしろ、状況はますます悪くなっているというのに。

今回の焼身自殺のことも、「へー、知らなかった」という人が日本では大半なのかもしれない。でも、その無関心こそが、チベットで次々に焼身自殺が繰り返される原因になっているのだ。「知らなかった」で済ませていいわけがない。

一人でも多くの人に、チベットの人々が置かれている悲惨な状況を知ってもらうこと。それが、今の僕たちがまずやらなければならないことだと思う。

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