Works: 平松謙三「ささやかだけど、大切なこと」
■アジサイの青色
見慣れない種類の花を束ねたブーケが、店の軒先で甘い匂いを放っている。その匂いに惹かれたのか、撮影の間も何人かの女性客が店に立ち寄って、花束や鉢植えを一つ、二つと買っていった。
「今はセール中なので、商品はいつもの半分くらいしか残っていないんですよ。必要ならカメラのアングルに合わせて花を動かしますから、遠慮なくおっしゃって下さいね」と、店主の平松美加さんが気遣ってくれる。
ショーウインドウには、店の名前が白い文字で記されている。"La hortensia azul"。スペイン語で「アジサイの青色」という名前のこの店は、平松謙三さんと美加さんが夫婦で経営している生花店だ。
「一応、彼女はこの店のショップマスターで、僕はWebマスターということになってます」と、謙三さんは言う。
天井から吊されたオーガンジーの布で仕切られた店の奥、モニタやノートパソコンが所狭しと並んでいる机が、フリーのデザイナーとしても活動している謙三さんの作業スペースだ。オルテンシア アズールや他のWebサイトの制作やメンテナンス、紙媒体のデザイン、本の原稿の執筆など、すべてこの店の奥のスペースで行っているという。
「市場のある日は朝の7時頃に起きて、午前中に車で商品の仕入れに行きます。帰ってきたら、彼女は花の水上げ(花が水をしっかり吸えるようにするための初期処理)に取り掛かって、僕はこっちで自分の仕事をする、という感じです。まあ、店の方で手が足りないようだったら、商品の配送を手伝ったり、店番をしたりはするんですけど‥‥」
■タブ・インターフェイスへのこだわり
オルテンシア アズールが西荻窪にオープンしたのは昨年の2月。その後しばらくして、母の日に合わせてオンラインで注文を受け付けるための仮サイト(バージョン0.1)を設置。現在のような形のサイトになったのは、昨年の12月、クリスマス前のことだ。
「アドビのATM Deluxeはご存じですよね? 僕は、あのタブが並んでいるATMの合理的なインターフェイスが好きで、"ATMリスペクト"みたいなサイトを作りたいな、とずっと思っていたんです。で、ショップマスターである彼女に、ATMのデザインが店自体のコンセプトにも合致することを理解してもらってから、制作に取り掛かりました」
ページ上部に集約されているタブ・インターフェイスは、シンプルでありながら周到に考え抜かれたレイアウトになっている。店の最新情報を掲載する「HOME/NEWS」やフラワーアレンジメントのレッスンについて紹介する「Lesson Info」などのコーナーのタブは左側に、「ABOUT US」コーナーのタブは右側に配置。タブに触れると鉢植えのキャラクターがバルーンヘルプのように反応し、各コーナーの説明が表示される。最上部に配置されている「QUICK ORDER」や「MAIL」のタブをクリックすると、入力フォームのレイヤーがススッと降りてくる仕掛けになっている。
「よくあるオンラインショップのように、いきなり注文用のフォームを表に並べてしまいたくはなかったので、普段は一番上に隠れていて、注文する時はどのページからでもすぐにアクセスできるようにしました」
意外なことに、構想を練る際もアイデアスケッチの類はほとんど描いていないという。
「タブの構成やサイトの設計を考えると、横幅のピクセル数とかも自然と決まってくるので、あとはそれに合わせてPhotoshopで作り込んでいきました。完全に機能優先ですね」
機能性を重視した、抑制の効いたデザイン。それは、オルテンシア アズールという店自体のコンセプトにも共通するところがある。
「店の内装や什器を選ぶ時も、玄人が使う道具を選んで、実用品の格好よさや信頼感を店のイメージに重ねてもらうようにしています。だから、サイトも無駄のない合理的な設計にして‥‥。僕は紙のテイストが好きなんですが、背景に紙の画像を使ったのも、そういう実用品の格好よさをWebで表現するとどうなるか、と考えた結果なんです」
「いいWebサイトには、匂い立つような質感があると思うんですよ。そういうサイトはただのビットマップの絵にしても、オーラというか、心地よい質感が匂ってくるんです。そのためにはピクセル単位での作り込みが必要になるとは思いますけど」
「あと、花の写真をきれいに見せたいというのが基本にあったので、花のイラストとか余計な装飾を付けるのは絶対やりたくなかったんです。花屋で言うと、本物の花の横に造花を置くようなものですから」
■"新陳代謝"を高めるために
このサイトには、もうひとつ大きな特徴がある。メールをサーバに送信するだけで、自動的にコンテンツを更新できるシステムを搭載しているのだ。
たとえば、「HOME/NEWS」のページ左段にある「WHAT'S NEW?」がいい例だ。掲載するテキストをメールに書き、写真があればそのファイルを添付して、5種類のアイコンでカテゴリー分けされたサーバ側のメールアカウントのいずれかに送信する。すると、メールのテキストと添付した写真が、カテゴリーのアイコンと更新日時と共に自動的にページに挿入される。HTMLメールに対応しているので、テキストの修飾やリンクの設定も非常に簡単だ。データを削除する時はメールのsubjectに"delete"と書いて送るだけで済むという。
面白いのは携帯電話のメールにも対応している点で、「HOME/NEWS」のページ右段にある「DAILY CAM」の写真とコメントは、J-フォンのカメラ付き携帯電話だけで更新している。
「この更新システムはVM(Via Mail)と呼んでいるんですが、以前からCGIのプログラミングとかを手伝ってくれている友人の熊谷健太郎君が作ったものなんです。メールで更新できるシステムを考えた、と彼が連絡してきてくれたので、それならカメラ付の携帯電話からでも更新できるようにしようとか、メーラごとのバグフィックスとか、いろいろ肉付けをして今のような形になりました」
このシステムの一番の利点は、とにかくメールを送るだけなので、忙しくても気楽に更新できることだと謙三さんは言う。
「たとえば、彼女が店のディスプレイをいじったり、ちょっとポップを変えたりすると、お客さんも微妙に反応するんですよね。それと同じように、サイトの方でもいろいろ仕掛けを用意して、新陳代謝よく更新できるようにしたかったんです。自分の作業を楽にするための仕掛けでもあるんですが」
■遊び心と、楽しむ気持
「今年の母の日は、売上の半分くらいがオンラインオーダーでした。でも、オンラインだと宅急便の伝票を自分たちで書かなきゃならないので、その残業が大変でしたね」
口ではそう言いながらも、謙三さんの表情はどこか楽しげだ。
「オンラインだとお客さんとメールでしかやりとりできないんですが、逆に信頼感とか親近感とか、深い繋がりができると思うんです。ダイレクトメールとか、アフターサービスで確認用の写真をメールで送ったりすると、かなり喜んでいただいてますね。リピーターの方がすごく多いんですよ。今は質のいい商品だけを送れるようにしているので、無理して注文を増やそうとも思っていません」
ささやかな気配りや工夫、ちょっとした遊び心、そしてそれらすべてを楽しむ気持。大金を注ぎ込んで作られたショッピングサイトが見失いがちな何かが、オルテンシア アズールにはある。それが人々を、自然と店やサイトに惹き付けるのではないだろうか。
(「Web Designing」2001年10月号)

