この「夏への扉」を買ったのは、偶然といえば偶然だった。近所の本屋をぶらついている時、海外小説の棚の前に平積みされていた淡いブルーの表紙がたまたま目に入ったのだ。手にとってぱらぱらめくってみると、装丁も文字組もとても感じのいい本だなという印象。いったんは本を元の場所に戻してエスカレーターに向かって歩きかけたのだが、何だか気になってしまって、くるっと戻って本を手にとり、レジに向かった。
偶然といえば偶然。でも、読み終わった今では、出会うべくして出会った本だったような気もする。
僕も学生の頃は、レイ・ブラッドベリを中心にSF小説を読みあさっていた時期があったが、ロバート・A・ハインラインのこの代表作はなぜか読んだことがなかった。まず感心したのは、構成の素晴らしさ。コールド・スリープとタイム・トラベルを軸としたSFの王道を行くストーリーは非常に精緻に組み上げられていて、何気ない描写やディテールがことごとく伏線となり、結末に向けて見事に収斂していく。ページをめくって読み進めていくと、「ああ、そうか!」と思わせられる場面の連続で、それが何ともいえず心地いい。主人公のダンや猫のピートをはじめ、登場人物の描写も細やかで魅力的だ。小尾芙佐さんによる新訳の文章は端正でとても読みやすく、一語々々丁寧に訳されていることが伝わってきた。
「夏への扉」が上梓されたのは1957年。物語の中では核戦争を経験した1970年と、それから30年後の2000年の世界が描かれている。現実の世界ではそれも10年前の過去になってしまったが、物語の中で描かれた未来予想図と比べると、それよりはるかに進んでいる面もあれば、遠く及ばない面もある。ロボットや宇宙旅行から日常生活のちょっとした小物に至るまで、現実のテクノロジーとの違いを比較して楽しめるのも、こうした古典的SF小説ならではの醍醐味だろう。
ロバート・A・ハインラインが描いた未来は、明るく洗練されていて、幸せと希望に満ちあふれていた。未来こそが自分本来の時代だ、とダンは言う。だが、2010年を迎えた現実の世界は、どうもあまりうまくいっていないように思える。誰もが「このままではいけない」とうすうす感じつつも、それを変えることができず、閉塞感が蔓延している。人間は、そろそろ本気で知恵を絞って、譲るべきところは譲り、力を合わせるべきところは合わせていかなければならないのかもしれない。


Add your comments